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アイリスの切実な叫びが遠い空に木霊した、その向こう。


ルウイ村では、カミラが真っ赤な顔をして老婆を罵っていた。


「お、おまえ!あの場所がどういう場所か、知ってて黙っていたわね!!」


「ひょひょひょ。知らん。なんの話かさっぱり分からんのぅ」


老婆はカミラの怒鳴り声など、子犬の鳴き声くらいにしか思っていないのか、涼しい顔だ。


グレンが腕を組んで壁にもたれたまま、息を吐いた。


村人に冷やかされてブチ切れたカミラが、真っ直ぐに老婆のもとに駆け寄るのをどうしたものかと、見守っている。


「放っておけよ、あんなん…」


「おまえは黙ってて!」


まぁ、頭に血が上ったカミラに何を言っても無駄だとは思う。キャンキャン言ってるうちは大したことないだろう。

変にアシュトレイヤ家の感情に詳しくなってしまったグレンは肩をすくめた。


ルウイ村、二日目。


約束通り、一日目は日が暮れる前に、グレンがカミラをアシュトレイヤ邸に送り届けた。


泊まる、泊まらないの押し問答のあと、結局グレンはルウイ村に一度戻り、朝、またカミラを迎えに来るということになった。


「いちいち気にしてたら身が持たねぇぞ」


まだ、興奮しているカミラに一応声をかけるが、多分聞こえてないだろう。


先ほどからずっとあの調子だ。


迎えに行ったカミラを連れて、朝一番に、祭壇のクマとクゥ・ルーイを確認しに行った。そのときの出来事が、お気に召さないのだ。


村に着いて真っ先に祭壇に向かうと、そこには先客がいた。

その人は二人に気がつくと愛嬌のある顔で笑った。


「あらぁ!あんた、アイリスといた男前な騎士の一人じゃない!」


アイリスがナチャと呼んでいた女だ。

グレンが記憶を引っ張り出し、軽く頭を下げる。


「どうも…」


「あら!綺麗な彼女を連れて、まぁ!!」


ナチャは屈託なく笑う。

…そうだった。

確か、立派な恋愛脳だった。


グレンが曖昧に笑ってやりすごそうとしたが、それより先にカミラが反応した。


「かっ、彼女ではないわ!!何を考えているの、おまえ!!!」


顔を赤くしてナチャに食って掛かる姿は珍しく年相応だ。

いつものカミラなら、鼻で笑ってすませるだろう。


「あら、そうなの!?じゃあ、まだお兄さんが口説き中なのね?」


ナチャの目が、カミラの母セリーヌと同じ形をしている。

グレンは適当にやり過ごそうと、話を合わせるつもりだったが、なぜかカミラが過剰反応のまま声を強めた。


「何故、そうなるのよ!!」


「あら!だってここは恋人達が末長く仲良くいられるようにってお祈りする場所なんだよ!?」


それ以外に何をするのさ!


ナチャは言外にそう言っている。


「なっ!!!じゃあ、おまえはここで何をしているのよ!!」


「祭壇の掃除は、持ち回りなもんでねぇ。たまにこうして若い二人を見ちゃったりなんかするのよぉ」


ナチャは嬉しそうに箒を回した。

こんな田舎の小さな村に、まさかの恋愛スポットだ。


「おまえ達の村は、もっと他に整備しなくてはいけないものがあるでしょうが!!!」


のんきな村人にカミラがキレた。

半分以上が照れ隠しなので、ナチャにとってはそよ風のようなものだ。


「あら、いやだ!恋の話以上にこの村に必要なものなんてないわ!」


娯楽の少なそうな村だな…。


とまぁ、そんなことがあったのだ。


グレンは、先ほどまでのナチャとカミラのやり取りを思い出して、再び深く息を吐いた。


「おまえがいちいち騒ぐから揶揄われたんだろう?落ち着け」


「わたくしは落ち着いているわ!」


きぃぃっ!とカミラが食って掛かる。

まったく落ち着いていない。


「落ち着いてねぇだろうが…」


寄りかかってた壁から身を起こして、カミラの前に立つと、軽く頭に手を置いた。


「娯楽の少ねぇ村じゃ、良くあることだ。本気にしなくて良い」


プライドの塊みたいな女だ。

平民との噂が気に入らないんだろうと見当をつけて、ポンポンと宥める。


その全く見当違いなグレンの態度にカミラが全身の毛を逆立てた。


「この、唐変木!!!何にも分かってないなら、黙ってて!」


勢いよく手を叩き落とされて、グレンのこめかみがピクリと動いた。


「あぁ!?んだ、その態度は!」


「うるさいわね、黙りなさいと言ったはずよ!」


グレンがむっつりと口を閉じた。

圧が強くなる。


「何が気に入らねぇのか知らねぇけど、嫌なら帰れ…」


低い声にカミラがビクッと肩を震わせた。

グレンの唇がゆっくりと引き上がる。


「貴族の女が平民の男と一緒にいるのが物珍しいんだろ。そんなこと、考えなくても分かる。それが気になるなら、さっさと帰れ」


冷たく聞こえる声に、反射的にカミラの血が沸騰した。


「全然分かってないわ!この、大バカ者!!」


それでも、グレンの圧は少女には刺激が強かったのだろう。

そのルビー色の目は涙目になっていた。


完全に蚊帳の外に追いやられた老婆は、二人のやり取りをお茶をすすりながら眺めていた。


(小娘も小娘だが、小僧も小僧だね…面白くなってきたわい!)



いつも読んでくださり、本当にありがとうございます。


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