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そんなアイリスの様子をターニャは面食らったように見つめた。
アイリスは聖女の見本のような少女だった。
悪口はもちろん絶対言わないけど、軽口だって叩いたりしない。
「適当なことばっかりしていると、本当に詐欺師になっちゃうからね!」
「いやいやいや。あの時はあれで正解だったじゃない?」
ターニャの知っているアイリスなら、誰かとこんなやりとりなんて絶対にしない。
「あ、アイリス…王子と仲いいの?」
びっくりしてセドリックを心の中のあだ名で呼んでしまったことに、ターニャは気が付いていない。
アイリスが目を丸くしてターニャの肩を揺さぶった。
「落ち着いて、ターニャ。この人は王子じゃないのよ?」
「ははは、光栄だけどね?」
「もう!神殿の子たちは慣れてないんだからキラキラしないでってば!!」
大笑いしているセドリックにアイリスが必死に詰め寄っている。
それを見つめるターニャの目に浮かんでいた涙はすっかり乾いていた。
「アイリス、なんか変わったね?」
「ほ、本当!?」
思わず漏れた言葉に、アイリスが嬉しそうに振り返った。
ターニャも釣られて笑ってしまう。
「うん。なんか面白くなってる」
「お、面白く!?」
期待していた答えと違う返事にアイリスが素っ頓狂な声を上げた。
隣でセドリックがまだ爆笑している。
ターニャはまだアイリスの変化に追いつけないでいたが、アイリスの方は気を取り直して持っていた袋をターニャに手渡した。
「クゥ・ルーイよ。供物はこれに変えましょう」
「そっか。やっぱり、これじゃないとダメなのね?」
ターニャは素直にアイリスからクゥ・ルーイを受け取った。そしてそのまま祭壇の供物と取り換えた。
振り返ってアイリスが頷くのを確認して、戻ってくる。
そして少しだけ視線をさ迷わせてから、俯いてスカートの裾をきゅっと握りしめた。
「あたしが、ちゃんとできないからアイリスが呼び戻されちゃったの…?」
思いもよらない言葉にアイリスが目を瞬いた。
「いつもアイリスに全部やってもらって…。あたし達、全然アイリスの役に立たないから、アイリスにはいつもお休みがなくて…だから」
初めて聞く言葉にアイリスが思わずターニャの手を握る。
「何言っているの?落ち着いて?」
「アイリスが大聖女なんでしょ?神殿は違うって言ってたけどそんなわけないよ。だってあたし達とアイリスは全然違うもん」
アイリスがおろおろと動揺している横で、セドリックは注意深く少女の話を聞いていた。
(やっぱり、聖女達は分かってたんだ…)
いまさら言ってもしょうがないことだが、聖女達を軽視した結果、事実が正しく把握できなかったことは今後の課題としてあげておく必要がある。
これ以上、神殿に追い打ちをかけるのも気の毒だが、こればっかりは仕方ない。
「ターニャ、聞いて」
先ほど引っ込んだ涙が、ターニャの目からボロボロと零れ落ちるのをアイリスが慌ててポケットから引っ張り出したハンカチで拭う。
「あのね、役割分担だと思うの」
以前、カミラとグレンが言っていたことを思い出す。
『おまえが全部することによって、仕事を失うやつがいる』
本当にその通りだった。
(私がやりすぎたせいで、ターニャたちが傷つくなんて思ってもみなかった…)
苦い気持ちが、アイリスの心の中に広がる。
けれど、ぐっとこらえてターニャの手を取った。
「私がお休みをもらえたのはターニャ達が頑張ってくれたからだよ」
「あたし達、ちゃんとできてた?」
「できてたよ!アスコット村でもルウイ村でもみんなの祈りは届いていたわ」
ターニャがほっとしたように息を吐いた。
アイリスが握った手に力を込めた。
「だからね。これからはみんなで協力して祈りを回していこう」
「みんなで?」
「うん。ちゃんとローテーションを組んで、みんなにも私にもお休みが取れるようにするの」
ターニャがきょとんと目を丸くする。
神殿の聖女の仕事は結界強化の祈りだけではない。
アイリスだって知っているはずだ。
休みを取る暇なんてない。
「ターニャ。私、このお休みで大聖女と聖女達のお仕事について調べてきたの」
「私達のお仕事?」
ターニャがアイリスの言葉を繰り返す。
アイリスはちゃんと分かるように頷いた。
「私達のお仕事は『結界強化』だけだったんだよ。ほかのことは病院とかと協力してやればいいの!」
「え?」
ターニャ達もアイリスと同じだ。
聖女の仕事について、誤った情報を植え付けられている。
だからアイリスははっきりと告げる。
「私たちはもっと余裕を持って働いていいの」
「よ、余裕…?」
アイリスが明るい顔でターニャに宣言した。
「うん。ちゃんと働いて、お休みもらっておいしいもの食べて、また働くの」
「そんなこと、していいの?」
まだ実感のないターニャは恐る恐るアイリスを見る。
少し離れている間に別人のようになったアイリスにまだ戸惑っている。
「するの!この神事が終わったら『働き方改革』だよ!」
堪えきれずにアイリスの背後でセドリックが噴き出した。
「もう、真剣な話をしているの!笑わないで!」
「ご、ごめん。続けて…」
ターニャは一向に慣れないアイリスとセドリックのやり取りをぽかんと見つめた。
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