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「わ、分かった。グレンの聖騎士叙任については神殿の方で手を回しておこう…」
サイファは渋い顔のままセドリックの提案に頷いた。
「騎士団でも手を回すが、王室をどう説得するかだな…」
オルガも同意したが、眉間の皺は深いままだ。
そこに、セドリックはまた朗らかに割って入る。
「明日の神事のあと、王太子殿下に話を持っていこうと思います」
オルガが胡乱な目を向けた。
誰がその段取りを組むと思っているのか、という顔だった。
「殿下から色よい返事をもらえる勝算はありますので、オルガ様から騎士団として申し入れをお願いしますね?」
「王太子殿下なら、君には個人的なツテがあるだろうが…」
オルガは嫌そうに息を吐いたが、セドリックの笑顔は変わらない。
話がよく飲み込めていないアイリスは、そっとセドリックの袖を引いた。
「王太子様ってセドのお友達でしょ?ツテってそのことじゃないの?」
オルガの言葉をセドリックにもう一度ぶつけてみる。早く話をしたいなら、その方が面倒くさくなさそうだと思ったのだ。だが、セドリックはあっさりと首を振る。
「騎士の叙任に関わることだから、公私を分けた方がいい」
「…?」
「きちんとした手順を踏んでおけば、後で反故にされにくいからね」
「反故にされる可能性があるの!?」
アイリスがオルガとサイファに目を向けた。
二人は苦い顔でセドリックを見つめていた。
「お二人が『今は』本気で俺の提案に乗ってくれているのは分かっていますが、この件に関しては確実に進めたいので」
有無を言わさないセドリックにアイリスは心の底から感心した。
(すごくワルそう!しかもめちゃくちゃ楽しそう!!)
アイリスのキラキラした目とセドリックの楽しそうな目が、ばっちりと合わさった。
二人は顔を見合わせて頷くと、揃って良い笑顔を作り、サイファとオルガに頭を下げた。
「お願いしますね!」
オルガは何度目かのため息を深々と吐いた。
「だから、お前の相手をするのは嫌なんだ」
侯爵家のお坊ちゃんというだけなら、なんということはないが癖が強すぎる。
平々凡々に貴族らしく生きていきたいオルガには、面倒なことこの上ない。
「俺はオルガ様みたいなタイプの方が上司で嬉しいですよ?」
程よく貴族的で、程よく融通が利く。
悪どすぎても潔癖すぎても組織の長は務まらないといういい例だ。
「私は、全く嬉しくないよ」
「ははは、残念です」
オルガの深いため息に、セドリックがカラカラと笑った。
二人の気安い上下関係をなんとなく見守っていたアイリスが、ちらりと柱の時計を見て慌ててセドリックの腕を引いた。
「大変、もうこんな時間!」
セドリックが首をかしげると、アイリスがまっすぐにサイファを見つめて確認した。
「明日の神事の代理って誰の予定でした?」
「ああ、ターニャにお願いしようと思っていたよ」
「やっぱり!!じゃあ、急いでターニャのところに行かなきゃ」
アイリスは慌てて、サイファに手渡したクゥ・ルーイを返してもらい、持っていた袋に戻す。
そしてサイファとオルガにお辞儀をした。
セドリックもアイリスに付き合うため、二人へ頭を下げた。
アイリスとセドリックが部屋を出た後、残されたサイファとオルガはぐったりとソファーにもたれかかった。
「お前の部下は、本当に扱いづらいな…」
「いや、聖女アイリスもなかなかの曲者だったぞ…」
オルガの言葉にサイファは深々と息を吐いた。
「あんな娘ではなかったんだが……」
アイリスとセドリックから押し付けられた面倒ごとを思い返し、二人は乾いた笑いを漏らした。
部屋を出たアイリスは、急ぎ足で廊下を進んだ。
「それで、どこに行くの?」
「多分、祭壇で明日の最終確認をしてると思うんだ」
祭壇に向かっているということだろう。
隣を歩くセドリックは、めったに来ない神殿内部を興味深そうに見まわしている。
やがて、きれいに飾り付けられた祈りの間の入り口が見えてきた。
「ターニャ!!」
石造の前で供物を並べようとしている少女に、アイリスが声をかけた。
その声にはじかれたように、ターニャと呼ばれた少女が振り返る。
「アイリス!!」
おっとりとした顔立ちの少女だったが、アイリスを見ると駆け寄ってきた。
その目が安堵の色を浮かべているのをセドリックは興味深そうに見つめていた。
「良かった、アイリス!!」
「ごめんね、ターニャ。あなたが私の代わりに選ばれたって聞いて…」
神殿の幹部のサイファや、旅を共にしていた自分たちも、そしてアイリスでさえ、旅に出る前まではアイリスを大聖女だと確信できていなかった。
だが、ターニャはアイリスが神事に間に合ったことに明らかに安心している。
(アイリス以外の聖女たちの中では分かっていたのか…?)
セドリックの考えを裏付けるようにターニャがボロボロと涙を零した。
「よ、良かったよ。あたしにアイリスの代わりなんてできないよ!!」
「落ち着いて、大丈夫よ。明日の神事は私がやるわ…?」
アイリスにしがみつくターニャの背中をアイリスが優しくなでた。
ターニャが落ち着くまでそのまま抱きしめる。
やがてターニャが落ち着きを取り戻すと、ようやく隣のセドリックに気が付き小さく悲鳴を上げた。
「あ、あの時の王子様みたいな人!!!」
セドリックが笑顔のまま、猛スピードで記憶を掘り起こす。
(あれ?どこかで会ったことあるっけ?)
初めて神殿に来た時に無駄にキラキラを振りまいた相手なのだが、必要に迫られてやっていただけなので相手のことまで覚えていない。
珍しくアイリスが半目でセドリックを眺めた。
「だからカミラに『詐欺師』なんて言われちゃったんじゃない?」
「ああ、あの時の!」
ようやく思い出したセドリックにアイリスの目は心なしか冷たかった。
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