77
宿で一晩過ごした翌日。
早朝にアイリスとセドリックは、チェックアウトを済ませ歓楽街の宿を出た。
今日中に王都にたどり着けば、神事の準備には間に合う。一日あれば、不備を洗い出して調整することも可能だろう。
セドリックは馬を走らせながら日程を計算する。
そして小さくうなずくと、背後から腕を回して抱え込んだまま、アイリスの耳元に囁きかけた。
「日が高いうちに王都に到着できそうだね…」
「良かった…」
アイリスがほっと息を吐く。
あとはサイファの説得だけだ。
王都ではサイファがオルガとともに、神殿の伝承に誤った理解があったことにたどり着いているのだが、そんなことを知る由もないアイリスは少しだけ顔を曇らせた。
これまでサイファを「優しい人」だと信じて疑っていなかった。
実際に悪い人ではない。
けれども神殿から離れたアイリスは、感じてしまった違和感をなかったことにはできなかった。
「こんな風に考えてしまうなんて、思ってもみなかったよ…」
「アイリス?」
「考えてみたら、サイファ様って別に平等ではなかったなって思って…」
神殿の福祉活動にお金が必要だから貴族を優先的に治療する。その反面、平民は長い列を作って待たされる。運が悪ければその日の治療は受けられない。
医療に限らず、そういう差は常にあったような気がする。
「セドとグレンに初めて神殿の応接で会った時も、セドにしか挨拶してなかったんだよ」
気にしてみると、確かに貴族とそれ以外の対応に明確な差があった。
俯くアイリスにセドリックは、小さく息を吐いた。
「アイリスはそれが気になるんだね?」
「…うん。でもそれって、結局仕方ない部分もあると思うの。だから、なんていうか…」
アイリスが自分の考えをまとめるように、少しだけ口を噤んだ。
「…私、不安なんだと思う」
「不安?」
自分の考えをゆっくり反芻しながら、アイリスが慎重に言葉を選ぶ。
「サイファ様をちゃんと説得できるかどうか。話を聞いてもらえるかどうかが、怖いんだと思う…」
サイファはいつもアイリスに対して穏やかだったが、それは単に相手にされていなかっただけだ。身分の低い自分の意見をまともに取り合ってもらえるのか、アイリスには分からなくなっていた。
セドリックからアイリスの顔は見えない。
だが、強い不安がアイリスを包み込んでしまったことは理解できた。
「…俺は大丈夫だと思けどね?」
アイリスの不安を取り除くように、優しく口にした。
腕の中のアイリスが、僅かに肩を震わせた。
「君は大聖女だ。俺はその意見を変える気はないよ」
セドリックから見えるうなじに少しだけ朱が差した。
アイリスのその反応を見て、目を細める。セドリックは畳みかけるように続けた。
「大聖女の立場は大司祭より上だよ?」
「…でも」
「自信をもって、アイリス」
セドリックは馬のスピードを落とし、まだ不安で揺れるアイリスの肩に顎を乗せた。
アイリスの体が、ビクッと硬直する。
「大体のことは、『気合とはったり』なんだろう?」
直後にセドリックの口から出た言葉に、正面を向いたままのアイリスが目を瞬いた。
そうだった。
サイファが聞いてくれるかどうかじゃない。
聞かせてみせるくらいの気合でやらないといけないことだった。
大司祭よりも私のほうが偉い。そう叩きつけて、何が何でも言うことを聞いてもらう。
「ね?俺たちは神殿を説得しに行くんじゃないよ。神事を正しく行わせるために指導に行くんだよ」
セドリックの甘い声が、アイリスの心臓をきゅぅと締め付けた。
セドリックが信じてくれるということが、アイリスの心を強くする。知らず知らずに強ばっていた体から、力を抜いた。
ぽふっ。
もたれ掛かると背中に暖かい体温を感じる。セドリックの心臓の音も聞こえるくらいの近さで、アイリスは静かに息を吐いた。
「ありがとう、セド」
不安に揺れていた目が、落ち着きを取り戻す。
「どういたしまして」
宝石のようにきらめく、エメラルドグリーンの眼差しを確認すると、セドリックは澄ました顔で、馬の腹を蹴った。
「さぁ、着くよ、アイリス。気合いをいれないとね?」
「うん!」
二人の前に、王都の門が見えてきた。
いつも読んでくださり、本当にありがとうございます!
もし「面白い」「続きが気になる」と思ってくださったら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や、評価の【☆☆☆☆☆】から応援していただけると、毎日の執筆の励みになります。よろしくお願いします。




