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「すでに、懐かしい気持ちすら湧いてきた」
復命を送る手配を終えて、駐屯所を後にする。そしてアイリスは感慨深そうに歓楽街の宿に入る。
セドリックも笑いながら、アイリスの後に続いた。
「同じ部屋にする?」
「しません!!!」
いつまでも揶揄ってくるセドリックに頬を膨らませる。
セドリックの取った部屋の隣に、アイリスの部屋を取った。
雑魚寝でもいいよなどとは、もう言える気がしない。
アイリスの中で何かが動きだしているのに、それでもセドリックの部屋のベッドの端にちょこんと座るアイリスに、セドリックは苦笑する。
(こういうところは、無防備だな…)
「オルガ様宛てに復命を送ってもらったから、俺たちがクゥ・ルーイを持って向かってることは明日には神殿にも伝わるはずだよ。丸一日、猶予ができるし神事には間に合うね」
「良かった…。神事のせいでほかの村に迷惑が掛かったら困るもんね」
一例が洪水の可能性なのであって、結界解除がどのような危機を招くのかは正直分からない。だが、そもそも神事が恙なく行われれば、その心配は不要だ。
「…まあ、国防は為政者の仕事っていうのは、その通りなんだけどね」
カミラの言葉を思い出しながら、セドリックはアイリスにお茶を手渡した。
部屋に備え付けられたポットで入れた、簡易的な薬草茶だ。
暖かい湯気が疲れを癒すようにゆらゆらと揺れている。
「でも、神事は聖女のお仕事だよ?」
お茶を両手で受け取ると、アイリスがその香りを吸い込んだ。
少しだけ甘い匂いがする。
「神様がどういうつもりでも、私達を守ってくれてることに違いはないんだから、やっぱりお礼は必要だよ」
善人らしい発想でアイリスが、お茶に口を付けた。
この辺は個人の考え方の違いなので、セドリックは「そうだね」と頷いただけだった。
「それでも、聖女の結界と為政者の仕組みがかみ合ってた方が色々と便利だと思うんだよね」
セドリックの言葉に、アイリスは目を瞬いた。
為政者が遠い世界のアイリスと違って、侯爵家のセドリックにはもっと身近な存在なんだろう。
「セドはすごいね」
上手く想像できないが、アイリスは素直に感心した。
セドリックはアイリスを見つめると、何でもないように笑った。
「今の王太子って俺の同級生なんだよね」
「同級生って学校の?」
そういえばカミラも皇子とは学校が一緒だったと言っていた。
学校など行ったことのないアイリスは少し興味を惹かれて、首を傾げた。
「学校ってどういう感じ?やっぱり変な人を素敵だと思ったりするの?」
アイリスの偏った印象にセドリックが震える。
絶対にカミラの元婚約者のせいだろう。
「や、あれは、あんまり普通じゃないよ?…多分」
口元を押さえながら、アイリスの偏見を訂正しておく。
「普通の友達みたいな感じ?今の王太子はわりと平等主義者かな」
「そうなの?」
「そう。騎士団に平民を入れようっていうのも彼の主導で始まったんだよ」
アイリスは神殿に籠りっぱなしで毎日働いていた。
ある意味、外の情報から遮断されていたアイリスは、こういった話をほとんど知らない。
聖女と政治的な権威を切り離そうとしていたのだろうか。
これまで何とも思っていなかったが、今となっては神殿側が意図的に聖女を浮世離れした存在にしようとしていたのではないかとさえ思える。
そして、アイリス達はそれを疑問に思わないようにされていた。
全部が悪いとは言えないのかもしれないが、もやもやとしたものが残るのも確かだ。
ただ、今のところアイリスはあまり気にしていない。そのことは今後考えていけばいい。
これからどんどん自分のことを自分で決めていけるようになるだろうから。
「王太子様とお友達っていうのもすごいね?」
「ん、あの人はちょっと変わってるからね」
セドリックは、少しずつだが確かに変わっていっているアイリスに、もう少しだけ外の世界を聞かせようと、思い出を引っ張り出すように話し始めた。
「俺は三男だから、比較的自由でね」
「うん」
「だから王太子をカモにしてカードゲームとかしてたんだよ」
目を輝かせていたアイリスの目が一瞬、空を彷徨った。
「カモ」と聞こえた気がする。
「カモ…?」
「うん」
「鳥…?」
恐る恐る尋ねると、セドリックは初めて会ったときに見たような似非紳士のようなキラキラした笑顔をアイリスに向けた。やっぱり鳥じゃないんだ…!
「それで、まあいろんな勝負に勝ち越してるわけなんだけど」
「無視された!!!」
「その『勝ち』に対して、褒美をくれようとしたりしてさ?」
王族相手に学生時代からイカサマをしているような人が騎士で大丈夫なのか、アイリスの頭が疑問でいっぱいになっているのに、セドリックは構わず話し続けた。
学生時代の馬鹿話の一つとでも思っているに違いない。不敬罪だと思うのだが。
「さすがに、イカサマで勝った勝負のご褒美なんて受け取れないから、貰ってないよ?」
「だ、だよね?」
「まあ、彼の中ではまだ保留になってるらしいけどね」
思ったより過激なセドリックの学生時代の話は、アイリスの想像の斜め上だった。
楽しそう…だとは思うけど、カミラの話ともちょっと雰囲気が違う…。
あのカミラが恋なんてしちゃうくらいだから、もっと甘くてフワフワした場所だと思ってた。
何となく困惑したまま、夜が過ぎていく。
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