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アスコット村でザックから馬を借りたセドリックとアイリスは、来るときに立ち寄った歓楽街までの街道を猛スピードで進んでいた。


「舌を噛まないように口を閉じて、しっかり捕まっていてね?」


出発前に言い聞かされていた通り、アイリスはキュッと口を引き結んで一生懸命手綱を握っていた。セドリックはアイリスを自分の前に乗せ、後ろから抱き込むようにしてまたがり、器用に馬を操っている。


(乗馬は貴族の嗜みって言ってたけど…)


いつもよりずっと高い視線に、経験したことのない猛スピード。

不安定な生き物の背中という場所なのに、背中からセドリックの体温が伝わるだけで、全然怖くない。アイリスは自分が酷く落ち着いていることに気がついた。


セドリックといると安心する。


ふっと思い至ったことにアイリスは何となく納得した。


(セドがいるから大丈夫って思うんだ…)


初めて神殿の外の町に出た時も、歓楽街でも。

カミラはいつもどうしたらいいのか示してくれた。

セドリックはずっとそれを見守ってくれた。


何をやっても否定されないのは安心する。


黙って背中でセドリックの気配を感じることしかできないからか、アイリスはそんなことばかり考えていた。


何だかよく分らない商人に絡まれた街道も走り抜けて、一日かけて歓楽街に到着した。

ほんの数日前のことなのに、ずいぶん時間がたった気がする。


「ほとんど走りっぱなしだったから、疲れたでしょう?」


セドリックがアイリスに手を伸ばし、抱き上げるようにして馬から降ろしてくれた。


ふわり。


そっと地面に降ろされる。

長時間、馬に揺られていたせいか少しフラフラするけど問題ない。


「大丈夫だよ」


見上げるとセドリックが、目を細めた。


「頼もしいね?」


「成長してるでしょ?」


アイリスがふふんと胸を張った。

カミラの真似だ。

伝わったのか、セドリックがケラケラと笑った。


「さて、と。まず騎士団の駐屯所に行こうか」


一通り笑うと、セドリックがアイリスに手を差し出した。

まじまじとその手を見つめてしまう。


「迷子になっちゃうから?」


初めに言われたことを思い出して、アイリスがセドリックを見上げる。

同じ事を思い出したのか、セドリックも苦笑した。


「もう、迷子にはならないか」


差し出した手を引っ込めようとするのを、アイリスが握って止めた。


「なるかもしれないから、やっぱり繋いでもらうよ」


キュッと力を込められて、セドリックは困ったように眉を下げた。

予想外で戸惑っているのだろう。

珍しく一枚上手を取れたので、アイリスは機嫌よくさらに力を込めた。


「…迷子は困るもんね?」


「ふふふ」


駐屯所に顔を出すと、騎士団の隊員たちが面白そうに寄ってきた。

王都に近い歓楽街にある騎士団の組織なので、セドリックの顔見知りもいるのだろう。


「セドリックじゃないか!オルガ様に第三部隊長をクビにされたって聞いたぞ」


「失礼だな、されてないよ。特別任務中だ」


アイリスは、初めて見るセドリックとグレン以外の騎士達に興味津々だ。

きょろきょろと駐屯所を見回している。


「お、これが噂の聖女様か?」


騎士団本部に乗り込んできて平民のグレンを指名した聖女の話は、騎士団の中でも噂になっていた。改めて見るとそんな度胸のある少女には見えない。


「初めまして!」


ぴょこりと頭を下げる様子は、小動物みたいだ。


「随分、噂と違うな?」


「噂って?」


気になってセドリックが訪ねてみると、駐屯所の騎士たちはゲラゲラ笑いながら教えてくれた。


「『あの』オルガ様を脅して、『あの』セドリックを袖にして、『あの』グレンを指名した狂犬みたいな聖女だったって、騎士団でも神殿でも噂だぜ?」


『あの』が随分多いし、別にセドリックを袖にした覚えはない。

なんともいい加減な噂にアイリスは目を丸くした。


「ええ!そんなことしてないのに!!」


だが、アイリスとは裏腹にセドリックは初めて会った時のことを思い出して、また噴き出していた。


「確かに!狂犬みたいな聖女だったよ、アイリス!」


「えええ!!!」


味方だと思っていたセドリックの酷い裏切りだ。

アイリスは頬を膨らませて、セドリックを睨む。


「まぁまぁ。あ、それより頼みがあるんだ…」


アイリスを宥めながら、セドリックがカウンターの奥に話しかける。

奥から伝令を扱う担当者が顔をのぞかせた。


「なんだ、本部へ連絡か?」


「うん、急ぎの復命を送りたいんだけど」


担当者はなんてことない顔で用紙を引っ張り出す。

セドリックが受け取って、さらさらと要件を書き付けた。


無駄のない動きは、訓練された騎士団であることをよく表していた。

アイリスは「騎士」としてのセドリックの片鱗を見た気がして、目をぱちぱちと瞬かせた。


ふと、セドリックが視線を上げた。


「なに?ドキドキした?」


「…!!!」


前にも似たようなことがあった気がする。

あの時は即答できたのに、なぜか今はできないことに気が付いてアイリスの顔が赤くなった。



いつも読んでくださり、本当にありがとうございます!


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