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アシュトレイヤ侯爵家では、セドリックとアイリスが光に包まれて消えたのを見届けたグレンが、ルウイ村へ出発する準備をしていた。


エドワードとレオニスはまだ何か言いたそうだった。だが、カミラの手前、何も言えずにそわそわ、うろうろしている。


「ああ、もう!鬱陶しいな!!」


既にレオニスを怒鳴りつけた時点で、グレンはアシュトレイヤ侯爵家の男達に礼を取ることを放棄していた。エドワードとレオニスもそんなことより気になることが目白押しなので、いちいちそこに目くじらを立てたりはしない。


(ふふ。カミラもレオニスも、エドワードもそっくりですもの)


二人ともグレンを気に入ってはいるのだろう。認めたくないだけだ。


セリーヌだけが楽しそうにソファーに腰を下ろして優雅にお茶を飲んでいる。

その隣でカミラは少しだけ不服そうな顔をして、セリーヌを盗み見た。


どうも、遊ばれている気がする。


カミラの視線に気が付いたセリーヌが悪戯っぽく笑うと、カミラにも皿の上のお菓子を差し出した。


「美味しいわよ?グレンさんの準備が終わるまで、食べて待ってなさいな」


「あの男の出発の準備、終わるのかしら。あんなに邪魔されてるけど…」


父親と兄がグレンに構いすぎるせいで、放っておかれている。

カミラはそれが不満なのだろう。だが、そんなことを指摘したらますます不貞腐れてしまうのが分かっているので、セリーヌは細い指で摘まんだショコラをカミラの口に放り込んだ。


むぐ…。


淑女教育の賜物か。

カミラは口に物を入れておけば大人しい。


「…お母様」


「なあに?」


食べ終わったカミラが、隣の母親を見上げる。

少しだけ言いにくそうにして、でも思い切ったように身を乗り出した。


「アイリスが持っていたランタンあったでしょう?あれ、どう思う?」


「…どう、って?」


セリーヌはアイリスが持ち込んだランタンを思い出すように顎に指をあてた。


優しい光を放つ、穏やかな香りのランタンだった。

大きな花の模様がざっくりと彫り込まれていて、ちょうど両手で包み込めるくらいの大きさか。


「彫ったのは村の老婆よ。それは、まあいいの。でもあの彫りを職人にやらせて、綺麗な石でデザインしたら、貴族にも売れるのではないかしら?」


カミラの言葉に、セリーヌは目を瞬いた。

もう一度、例のランタンを思い返してみる。


「…そうね。しかも精神安定効果もあると言っていたわね」


正確には「すべての体調不良に効く」だった気もする。


「あの子の村、あまり豊かではないの…」


村で老婆が夕飯に出してくれたスープは美味しかったようだが、決定的に食材が足りていない。

村人たちは明るく健全だったが、家は災害が起きれば潰れてしまいそうなほど頼りなかった。


「クゥ・ルーイというのだけど、あの国の神事以外に使い道があったら、うちの領地でも買い取れないかしら?」


「あら、どうしたの。珍しいわね、あなたが平民のことを気にかけるなんて」


セリーヌの言葉はもっともだった。


カミラだって呪いに侵されてアイリスと出会ってなければ、身近なことに感じたりしなかった。そういう貧しい人たちがいる、くらいの認識だったはずだ。


「と、ともだちの…お家の、ことだもの…」


アイリスがいたら絶対言えなかっただろう。

カミラがキュッと下を向いた。


トス…っ。


頭に軽い衝撃を受けてカミラが見上げると、準備が終わったのかグレンが唇の端を引き上げて、手のひらをヒラヒラと振っていた。


「下を向くなって言ったろう?」


ニヤニヤしているところを見ると、今の会話を聞かれていたのだろう。

カミラの頬がかぁっとなる。


「しゅ、淑女の話を盗み聞きするなんて、本当に無礼ね!!」


いつもの調子で怒鳴りつけると、グレンが肩をすくめた。

セリーヌは大きく見開いた目をすぐに三日月のように細めて、口元に手を当てた。


「あらぁ?あらあらぁ???」


「お母様も、その顔をやめて!!!」


楽しそうな妻とは裏腹に、エドワードがグレンを怒鳴りつける。


「貴様ぁ!いつまでトロトロしているつもりだ、さっさと馬に乗れ!」


「いいか、カミラに何かあったらただじゃ済まさないからな!」


被せるようにレオニスもグレンの襟ぐりを掴み、がくがくと揺さぶった。

父親と兄の普段とあまりにも違いすぎる様子に、カミラの目が丸くなる。


「ちょ、お父様、お兄様!!」


「いいね、カミラ。絶対に日暮れまでには帰ってくるんだよ!」


「そうだぞ、カミラ。男を信用しすぎるんじゃないぞ!」


皇子と婚約中の時だって、こんなにうるさくなかった。

一体何がそんなに心配なのか。


「へ、平民だからかしら…」


「違うわよ、絶対」


不安気に呟いた娘の肩に手を置き、セリーヌはにっこりと微笑んだ。

カミラは困ったように眉を下げる。


「……っ!!」


まさか、こんなに可愛らしい顔をするようになるなんて思っていなかった。

アシュトレイヤ家の人々はぐっと胸を押さえて、その衝動に耐えた。


いち早く立ち直ったセリーヌが静かにグレンの肩に手を置く。


「カミラを、よろしくね…」


なんだか、とんでもないことをよろしくされた気がする…。

グレンが一歩下がろうと足を引こうとしたが、グッと肩を押さえられて動けない。

力で負けたわけではない。


気迫で女に負けた…。


グレンにできることは素直に頷くことだけだった。


セリーヌは満足そうに頷くとカミラに向き直った。

お母様、すごい!と感動する娘の手を取る。


「ランタンの件は、考えておきましょう。…売れると思うわ」


ルウイ村の老婆に良い話を持っていけそうだ。

カミラの顔がぱっと明るくなった。


「お母様、大好きよ!!」



いつも読んでくださり、本当にありがとうございます!


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