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アスコット村の神殿の司祭、ノアはぼんやりと空を見上げた。
すっきりと晴れた気持ちの良い日だ。
「何か、いいことでもあるかもしれませんねぇ」
のんびりとハーブティーを注ぎ、ゆったりと腰を下ろした。
「ノア様!!大変です!!!」
そんなノアの平和の予感を打ち破るような大きな音をたてて、神殿の修練者が飛び込んできた。その目は驚愕に見開かれたまま、興奮して顔を赤くしている。
「どうしました?」
ノアがゆっくり立ち上がり、修練者を落ち着かせるように肩に手を乗せた。
飛び込んできた男はそれでも、興奮したまま叫ぶように声を上げた。
「聖女アイリスが現れました!!」
「…は?」
「ですから、祈りの間に聖女アイリスが現れました!」
意味がよくわからなかったノアは、静かに目を瞬くとカップをそっとテーブルに置いて、祈りの間へ足を向けた。
「さすがノア様。どんな時でも取り乱さないのだな…」
落ち着いたノアの行動に感動して、修練者はノアの後に続いた。
だが、ノアは、飲みかけのカップはテーブルに置いたのに、ソーサーだけは大切な聖書のように胸に抱えている。十分動揺していた。
「ノア様!!」
祈りの間に入ると、アイリスが駆け寄ってきた。
隣には騎士のセドリックが控えている。
「アイリス様、これは一体…」
「王都の神事が、もうすぐ始まるので、急がないといけなくて!!」
ノアが静かに混乱していると、アイリスが早口に説明をする。
要領を得ない説明に、ノアはますます混乱した。
困ったようにセドリックに目を向ける。
「これから開催される王都での神事に必要不可欠なものが準備されていないことが分かりましたので、我々でお届けに上がることになったんです」
「はぁ…」
「どうしても神事に間に合わせる必要がありましたので、ある方にご協力いただいて転移魔法で送っていただきました」
セドリックの説明の方がまだ理解しやすかったが、ノアの常識の範囲では処理できない情報がいくつか混ざっているせいでよく分からない。
「要するに、王都への届け物があって急いでいる、ということでよろしいでしょうか?」
辛うじて理解できたところを繋ぎ合わせて、確認するとセドリックが笑顔で頷いた。
「さすが、話が早くて助かります」
話が早いわけでも、理解できたわけでもない。
だが、急いでいることは分かったのでノアは改めてセドリックに微笑み返した。
「なにか、ご入用なものがありますか?」
「ええ、馬をお借りしたいんです。強くて速い馬を」
ノアは黙ってうなずいた。
分からないことは考えても仕方ない。
聖女に関わることはいつも不可思議だ。
「承知いたしました。すべてが終わりましたらご事情をお聞かせくださいね?」
聖女が必要だというのなら、神事に必要なのだろう。
それならば、神殿は聖女にまつわる記録をなるべく正しく残しておくだけだ。
敬虔な神のしもべであるノアは静かに頭を下げた。
そして、厩に案内する。
「ああ?なんだ、王都の騎士の兄さんじゃないか。片割れはどうしたんじゃ?」
馬の手入れをしていたのはザックだった。
年老いたザックは今もこうして時々、馬の手入れをしている。
「グレンは別行動なんですよ、すいませんね?」
「ふーん。別に構わんが!」
どうやらザックにもすっかり気に入られていたらしい。
あとで伝えておいてやろうと思いながら、セドリックが馬に近づいた。
「急いで王都に向かわなくてはいけないので、馬をお借りしたんです」
「兄さんが乗るのか?」
「俺と、彼女が」
ザックはアイリスに視線を投げると、セドリックとアイリスを見比べて少し頷くと左から三番目の馬を引き出した。
「じゃぁ、こいつが良いんじゃろ」
アイリスは馬の目を見て、鼻をそっと撫でた。
優しい顔ですり寄ると、そっとお願いする。
「よろしくね?」
ザックはその様子を見て、目を細めた。
ザックの心にまだ眠っている聖女ミーナも生き物が好きで、馬が好きだった。
「ミーナさんみたいな美人じゃないが、まあ聖女ということじゃな」
「ははは」
(…失礼だな、アイリスは十分可愛いよ)
だが、思い出に口を出すような野暮なことはしない。
何故かムッとしたことはとりあえず考えないことにして、セドリックは笑って誤魔化した。
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