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「ずいぶんと見違えたね、アイリス」
黒い髪に赤い目、そして尊大な態度。
「見違えた」レベルではないのだが、サイファは敢えてそう表現した。
カミラの眉が少し上がった。
「そうね、ストレスが溜まると髪の色が変わることもあるらしいわ」
だとしても黒髪にはならないような…。
アイリスが少し首をかしげた。
「そうか。私たちが至らなかったせいで、アイリスには苦労をかけたということだね?」
カミラの嫌味をさらりと受け流し、大司教は心苦しそうに眉を下げた。
(タヌキね…面倒なタイプの)
カミラは顔には出さずにサイファをそう理解した。
「それで、何か用かしら?」
「護衛を探すそうだね?」
サイファの目が探るようにカミラに向けられる。
カミラは気にすることなく唇の端を引き上げた。
「そうよ。騎士団に行けるように手配を頼んだけど、用意ができたのかしら?」
「こちらで騎士を用意できるが?」
「結構よ」
大司祭の申し入れを一刀両断する。
サイファは目を細めてカミラを見つめた。
アイリスの中の何者かを見定めるようなじっとりとした視線だった。
「あなたの用意する騎士は貴族でしょう?神殿でもこの有り様なのよ。貴族の騎士が平民を守るわけないでしょう」
「随分と貴族にも詳しくなったようだね?」
「いい加減に学習するというものよ」
腹の探り合いのような応酬を先に切り上げたのはサイファだった。
彼は大げさにため息をつき、肩をすくめた。
「我々はずいぶんと聖女の信用を失ったというわけだね」
「聖女はまだ分からないわね。聖女ではない何かの信用を失っているだけではないかしら」
カミラは思わせぶりに言葉を選んだ。
どうせ何だか分らないのだから、この際だから神の使いだとでも思っておいてもらおう。
そう軽く計算した。
サイファは探るような目をやめなかったが、それでも諦めたのか恭しく手を胸に置いた。
そしてアイリスの手を取り、外へ案内する。
「こちらへ。馬車を用意した。大司祭の私の名で、騎士団本部へ面会の申し入れをしておく」
「話が早くて結構よ」
用意された馬車にカミラはぬいぐるみを抱えて乗り込んだ。
「それは…持っていくのかね?」
「ええ、たった一人の味方なの。構わないわね?」
微妙な顔をしたサイファに理解させる気は無い。
会話を打ち切るように短く「出して」と御者に伝えた。
扉の閉ざされた馬車の中は密室だ。
「食えない男だったわね…」
「カミラ?」
「あのサイファという大司祭よ…」
誰にも聞かれることはないと判断し、カミラはアイリスに語りかけた。
アイリスは首をかしげる。
「優しい方だよ?」
「優しい方は平民一人を犠牲にして神殿の権威を守ったりしないし、この状況で身の振り方を即座に変えたりしないものよ」
政治的な嗅覚と天性の危機察知能力を持っているのだろう。
そしてそういう人間は総じて扱いにくい。
「難しくてよくわからないよ…」
「わたくしたちが神殿に戻った時には司祭が何人か入れ替わっているかもしれないわね」
アイリスに無礼を働いた何人かをトカゲのしっぽのように切り捨て、自分は何も知らなかったのだと押し通すだろう。
それが神にも通用すると思っているのが太々しいが、カミラは神ではない。
実際は通用してしまうことになる。
「まあ、いいわ。目的通り外に出られたもの」
「騎士団、楽しみだね!」
のほほんと膝の上でご機嫌なアイリスを見つめてカミラはため息をついた。
そして静かに手を握り、ポスっと頭に振り下ろしてみる。
「きゃぁ!」
びっくりしたように見上げるアイリスを呆れたように見つめた。
「綿だらけの頭じゃ、痛くも痒くもないのね」
「ひ、酷いよ!痛くないけど!!」
「お黙り。なんだか疲れたわ…」
頬杖をついて外の景色に目をやった。
見慣れない街並み…。
新聞の記事も、外の景色もカミラの記憶には一切引っかからない。
(わたくしはこの国の民では無いのかもしれないわね…)
少し考えこむカミラと不思議そうなアイリスを乗せた馬車が騎士団本部の建物に到着した。
物々しい出迎えが入口に待っているのを確認してカミラは目を細めた。
「確かに大司祭の名で面会を申し入れてくれたようね…」
いよいよ目的の騎士を捕獲することができそうだ。
目的はアイリスの護衛を雇うことなのに、カミラの目が不穏に光る。
聖女と謳われたアイリスが中身が変わっただけでまるで悪女のように見えた。
アイリスは自分の顔のことながら新しい発見だとぽかんと見上げた。




