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「いいかい、グレン君。我が侯爵家の魔法は本来なら皇帝の許可なしに使用できないほど重大な行為なんだよ」
「…はぁ」
エドワードに詰め寄られて、グレンは気のない返事を返した。
レオニスがグレンの前に立ちはだかり、指を突きつける。
「カミラの頼みだから仕方なく協力するが、我々もそれなりのリスクを負っているわけだ」
カミラによく似た顔立ちだ。
グレンは現実逃避気味に、兄のレオニスの顔を見ていた。
黒髪で赤いルビーのような色の目は遺伝だろう。
侯爵のエドワードも同じ色だ。吊り上がった目は意志が強そうだ。
(いや、意志どころか気も強いな…)
二人の男に絡まれながら、面影のよく似た少女の顔を思い出している。
ぬいぐるみかアイリスの顔しか見たことがなかったが、本来の姿とやらは本人の自己申告通り、確かに美しかった。
目の前で、エドワードとレオニスがぐちぐち言ってくるのが鬱陶しいせいで、思考がどんどん、どうでもいい方に向かっていることにグレンは気が付いていない。
(いやいや、でもあの性格が先に来ちまってるしな。せっかくの美人がうるせぇヒステリー女だ…)
小さなクマのぬいぐるみでも偉そうだったカミラを思い出してフッと息を吐いた。唇が引きあがる。
「君、私の話を全然聞いてないね!?」
「やべ…」
全く聞いてなかった。
しかし、すでにエドワードやレオニスに対して取り繕う気持ちも失っていたので、しれっと「すんません」と口先だけで謝ることに躊躇はない。
「とにかく、可愛いカミラのお願いだから聞くが、そのためには君もカミラへの態度を改める必要がある!!分かるね!?」
「いや、分かんねぇよ…」
先ほどからエドワードとレオニスは、転移魔法を使って欲しければカミラを褒めたたえろの一点張りである。
必要だというならいくらでも言ってやるが、言われた通りにしてもエドワード達はちっとも納得しない。どうしろというのか。
「あなた、そろそろ解放してあげなさいな?」
様子を見に来たセリーヌが、見かねて声をかけた。
困ったように眉を下げている。
流れるような金髪におっとりとした顔立ちはカミラとは違う美しさだ。
(完全に父親似なんだな…って、さっきから何考えてんだ、俺は)
グレンはどんどん逸れていく思考に漸く気が付いて、思わず苦笑した。
「ごめんなさいね、グレンさん」
「いえ…」
セリーヌに謝罪されてグレンは言葉を濁す。
可憐な容姿の夫人は、どこかセドリックに雰囲気が似ている。
グレンをおもちゃにする気満々な視線が、余計にそう感じさせるのだろう。
「あなた達も、いい加減にしないと、カミラに嫌われますわよ?」
完全に侯爵家の男達をコントロールできるところも、ちょっと怖かった。
そもそも触れたら消えそうな儚い美少女系は、グレンが最も苦手とする女性でもある。
扱い方が分からないからだ。
「仕方ないな。美辞麗句百選は叩き込んだし、勘弁してやるか」
本当に、これ以上は勘弁してほしい。
グレンは遠い目をしたが、エドワードにもレオニスにも満足した様子はない。
それでも、セリーヌには逆らえないようで渋々とグレンをこの意味の分からない講座から解放する。そしてグレンに、三人が待つ応接室へ向かうことを許可した。
「えらい目に遭った…」
「本当に、ごめんなさいね?」
息を吐いたグレンにセリーヌが視線を上げた。グレンはもう一度、曖昧に笑った。
グレンが応接室に入ると、テーブルの上に広げられた地図が目に入る。
セドリックに目をやると、軽く頷かれた。
アスコット村からセドリックが馬で移動することは昨晩のうちに確認していたので、その通りに進むのだろう。
改めて地図に目を向ける。
ルウイ村に丸が付いているのを見て、視線を上げるとカミラが腕を組んだままグレンを見ていた。
「ルウイ村は保険よ。意味があるかは分からないけど、時間稼ぎに使うわ」
「時間稼ぎ?」
「私が王都の神殿につくまで、別の場所のおやつで気を引くの」
アイリスが真剣な顔で説明してくれたが、セドリックが笑いを堪えている。大体合ってるけど何かが絶妙に違うのだろう。
「犬かよ」
「そこまでは誰も言ってないわ」
グレンが肩をすくめると、カミラは申し訳程度に神へ敬意を示した。
ほんのささやかに、だが。
「ルウイ村は、俺とこいつか?」
グレンが親指で指し示すと、真後ろから冷気が飛んできた。物理的に。
「あぶな!」
顔の横すれすれを鋭い氷柱が掠めた。
グレンを外した瞬間、それは霧散する。
他へ被害が向かうこともない、良く配慮された高度な魔法だ。
「ふ、ふたりで出かけるだと!?それはまだ早い!!」
「馬車で一時間の近所だろうが!」
ついに取り繕うことをやめたグレンがレオニスに怒鳴り返した。
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