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昨夜の晩餐で発覚した、エルダリア国の結界の仕組みは、まだ憶測の域を出てはいない。それでも、可能性は十分高いのだから打てる手を打っておくべきだ。
それが、四人の結論だった。
出発に先立って、アイリスとセドリックとカミラの三人は地図を広げたテーブルを囲んでいた。
「いいこと。昨日話した通り、おまえは先にアマンディアス皇国から転移魔法でアスコット村まで移動するの」
「うん」
アイリスは頷いた。だが少し不安そうにカミラを見た。
「でも大丈夫かな。侯爵様、行ったこともないところに転移魔法なんてできるの?」
「転移魔法は基本的には座標指定が必要だから、それ専用の魔鉱石を配置する必要があるわ」
カミラは少し難しい顔で指を顎に当てた。
アイリスは分かったような分からないような顔をして頷く。
「けれども『聖力』という魔力は凄く特殊な性質のものなの」
テーブルの上に置かれた地図に、カミラは丸を付けた。
アスコット村のある場所だ。
「ここには『聖力』を宿す石像があるわ。王都は遠すぎるし遮るものが多すぎるから無理ね。でも、この村なら石像は十分、座標特定の目印になるわ」
「そういうもの?」
「お父様も、お兄様も優秀な魔法使いよ。問題ないわ」
力強く言い切るカミラに、アイリスはもう一度頷いた。
セドリックは地図の上から指をさして王都までなぞる。
「アスコット村からなら、馬を飛ばせば一日半で王都には戻れるはずだよ」
「馬車は?」
「馬車じゃ無理だね。この行程は俺がアイリスを運ぶよ」
見上げたアイリスにセドリックが優しく微笑みかけた。
乗馬は貴族の嗜みだ。
騎士ともなれば、乗りこなせることは必須条件だ。
「グレンはまだ淑女を乗せて馬を飛ばせるほどの技術は無いからね。俺が行くよ」
グレンは平民出身の騎士だ。短期間で貴族に劣らぬ乗馬の技術を身に着けただけでも上出来だ。そこまで求めるのは酷だろう。
「グレン、凄いね?」
「だろう?」
アイリスは正しくグレンの努力を読み取り、素直に感心する。
セドリックは満足そうに笑った。
ついでにチラリとカミラに視線を送ってみたが、美しい顔でむっつりと黙り込んだだけだった。
(…素直じゃないな)
セドリックは面白そうに苦笑して、すぐに本題に戻る。
この二人の関係は面白いけど、今はあとだ。
「途中の歓楽街にある騎士団の駐屯所からオルガ様に復命を飛ばせば、王都にアイリスが向かっていることも、神事にクゥ・ルーイが必要なことも連絡できる」
カミラとセドリックは日程を確認して頷いた。
アイリスの話では、あと三日の猶予がある。
ギリギリではあるが、間に合う計算だ。
「それと、効果があるかどうかは分からないけど、試してみる価値があるのはルウイ村ね」
「ルウイ村?」
「あそこはおまえが独断でクゥ・ルーイを供えたでしょう?」
アイリスは黙ってうなずいた。
せめて好きなものがどこかに一つでもあった方がいいんじゃないかと思って、勝手に供えた。けれども、場所は王都ではない。
「全然違う場所だけど…」
「よく考えてごらんなさい」
力強い視線に吸い寄せられる。
アイリスはその目を見つめ返した。
「これまでの記録をもとに、神を神聖なものとして考えるのをやめなさい…」
カミラは机に置かれた地図の、エルダリアの地方神殿のある場所に丸を付けていった。
すると、それは王都を中心に国を囲むように配置されているのが分かる。
「好物のクゥ・ルーイを手に入れるために大雑把なライン上に聖なる光を当てて適当に聖女の力を与え、土地を守護する結界を張っているのよ」
アイリスは目を瞬いて地図を見た。
地方神殿は聖女誕生の度に場所を入れ替えて立っていたが、どの時代の神殿も国の決まったライン上に必ずある。
「もしかしたら同じ場所を指定しているつもりかもしれないわ。だから多分正確な場所は分かっていないはず、というか、適当で細かいことは気にしないタイプよ」
あんまりな言い方にアイリスは苦笑した。
だが、これまでのことを考えると否定できない。
「好物をくれないとへそを曲げて、結界を解いちゃうのね?」
アイリスはなるべく神聖な思想を排除して神様を思い浮かべてみた。
カミラは大きくうなずいた。
「そうよ。そんな適当な神なのよ。自分の与えた『聖力』の気配が少女からしようが、ぬいぐるみからしようが気が付くわけないわ」
セドリックはカミラの暴言に苦笑したが、どこかでそうかもしれないと感じてしまっていた。
「時間を稼ぐんだね。ルウイ村で、クゥ・ルーイとアイリスの力が残ってる可能性のあるぬいぐるみを使って」
カミラは頷いた。
「そうよ。このぬいぐるみは何度もアイリスの魂を受け入れているわ」
ぬいぐるみを抱き上げて、カミラがアイリスの鼻先に突きつけた。
目の前のつぶらな瞳のクマは既に他人とは思えない。
「魔力は魂に宿るの。だったら『聖力』も同じよ。僅かでも気配は残ってる可能性があるわ」
押し付けられたクマのぬいぐるみを手に取ってアイリスは目を細めた。
王都に連れていかれた時の寂しさを慰めてくれた大切な友達だ。
アイリスとカミラの魂の受け皿にもなってくれた。
「頼もしいね!」
カミラは顎を上げて鼻を鳴らした。
そしてアイリスから、ぬいぐるみを取り上げると今度はその指をアイリスの鼻先に突きつけた。
「それと、もう一つ言っておくことがあるわ」
「…?」
アイリスが首をかしげると、カミラはアイリスとセドリックをまとめて指を指し、胸を張って堂々と言い切った。
「本来、治水を含めた国の災害への対策は為政者の仕事よ。もし間に合わなかったとしてもおまえたちに責任はないのだから、せいぜい軽い運動くらいの気持ちで行ってらっしゃい」
「あははは。それはそうだね!」
「ええ!!そんな感じなの!?」
アイリスは目を丸くし、セドリックは盛大に噴き出した。
カミラは当然のことだと、もう一度鼻を鳴らした。
そして、急にそわそわと落ち着かない目をして呟いた。
「それにしても、あの男は一体何をしているのよ…」
この場にいないグレンを気にしているカミラに代わって、アイリスがセドリックを見上げる。
セドリックは面白そうに目を細めて肩をすくめた。
「エドワード侯爵とレオニス殿と、お話し中」
絶賛、「カミラを褒めたたえる百の美辞麗句講座」受講中だ。
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