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その夜の晩餐は、何の日かと問いただしたくなるほど豪華だった。
テーブルに並べられた色とりどりの豪華な食事からは、食欲を誘う美味しそうな匂いが漂っている。
「…なんなの、これは」
「お祝い!」
眉を寄せたカミラにアイリスが満面の笑顔で答えた。
「何のよ?」
「おまえの失恋パーティーじゃねぇの?」
「何ですって?」
鼻で笑ったグレンの言葉を聞いてカミラが睨みつける。
アイリスが慌てて両手を振った。
「ち、ちがうよ!カミラが変な人から解放されたお祝いだよ!こういう時は祝杯だって、グレンが教えてくれたんじゃない!」
休暇を初めてもぎ取った日のことだろうか。
そんなに経ってないだろうに、随分懐かしい話な気がする。
「変な人って、おまえ…あの人は皇子なのよ?」
「知らない。あの人、好きじゃないの!」
頬を膨らませたアイリスをカミラはまじまじと見つめた。人の好き嫌いまではっきり言えるようになっている。
「本当に、おまえは変わったのね…」
アイリスは目を瞬いた。
そして嬉しそうにはにかむと、カミラの耳に唇を寄せた。
「カミラのおかげだね」
カミラがくすぐったそうに肩をすくめた。
アイリスがいたずらっぽく笑う。
「もう!離れなさい」
ぐっと肩を押し返すとアイリスは満足そうに隣の席に座りなおした。
ぴったりとカミラの側を離れようとしないアイリスにセリーヌが笑みをこぼした。
「アイリスさんは本当にカミラが好きなのね?」
「はい!!」
微笑ましい女の子の友情には侯爵家の男達も寛容なようで、目元を緩めて見守っている。
だが、グレンはその男達にガッチリ挟まれて座っていて、居心地が悪そうだ。
(どんな嫌がらせだ…)
勿論、先程の「失恋」発言もばっちり聞かれているので、カミラが文句を付ける前にねちねちと嫌みを言われた。
「グレンさん、ごめんなさいね?」
セリーヌは困ったように眉を下げたが、正直一番遠慮したいのがセリーヌなので、グレンは曖昧に笑ってごまかした。
「君、カミラだけではなく、妻にまで気に入られてるのか。一体どういうつもりなのかはっきり聞かせて貰おうじゃないか…」
そろそろエドワードの殺気の籠った冷たい声にも慣れてきてしまったのが、悲しいところだ。
「だから、俺に言うなよ…」
うんざりとした様子を既に隠しもせず、グレンが息を吐いた。
セドリックはどうやってこの部下を救おうか頭を悩ませていた。
だが、食事の間にセリーヌから、侯爵への無礼は放っておいて構わないと、密かにお許しを貰ったので、心穏やかに食事を楽しむことに集中することにする。
いつもなら助け船を出してくれるセドリックも頼りにはならず、グレンはますます機嫌を損ねて、さらに不愛想になる。
「お父様も、お兄様もいい加減にしてちょうだい。あれはお芝居だと言ったじゃない!」
いよいよ見かねたカミラが顔を赤く染めて、エドワードとレオニスを睨みつける。
可愛いカミラにそう言われれば、渋々と引き下がるしかない。
相変わらず全く納得していないが、仕方なくエドワードは、涼しい顔でアイリスと料理を楽しんでいるセドリックに話しかけた。
「君は確か、エルダリアの侯爵家の出身だと言っていたね?」
「ええ。実家はヴァリエール家と申します。俺は三男なので殆ど家には関係ないんですが」
セドリックがにこやかに応じる。
ふと、エドワードがエルダリアの国について聞いてみたいことがあったのを思い出し、いい機会だと切り出した。
「エルダリアの北東に流れる川があるだろう?」
「ああ、ぺリスティア川ですね?」
エルダリアにもアマンディアス皇国にもまたがる巨大な運河を思い浮かべてセドリックが頷いた。
「この時期になるとあの川の氾濫は被害が大きくて、我が国も毎年手を焼いているんだ」
エドワードは困ったように眉をひそめた。
特に領内にも影響が大きいため、毎年堤防を強化する必要がある。
幸いなことにこの領地にはアシュトレイヤの魔法がある。
堤防を魔法で強化して事なきを得ているのが実情だ。
そして、それがこの地がアシュトレイヤの土地になった理由でもある。
「エルダリアは毎年大きな被害がないと聞いていて、不思議に思って一度人を派遣したことがあるんだよ」
「そうなんですか?」
セドリックが興味深そうにエドワードの話に耳を傾けた。
全く相手にされていないと思っていたので、エドワードがエルダリアに興味を持っていたことが意外だった。
「まあ、技術で参考になることが全くなかったのですぐに引き上げてしまったんだがね」
セドリックは理由に思い至って納得した。
この国が堤防を魔法で強化するように、エルダリアは聖女の結界が国を守っている。
土木技術や防災対策が優れているから、というわけではないのだ。
「我が国は聖女の結界でも守護されておりますので、堤防の土木技術が特別優れているというわけではないんですよ」
この程度の情報なら、他国に知られても問題ない。
その範囲でセドリックは会話を進めた。
「なるほど、それでか。貴国では過去の氾濫被害はたったの一度しかないものな」
セドリックの手が、ぴくりと止まった。
…聖女の結界で守護されているのに一度被害が出ているのか?
エドワードにしてみれば、百パーセントの守護など不可能で当たり前だ。
そういう認識だからこそ、一度しか被害が出ていないのは素晴らしいと言ったのだが、セドリックは違う。
聖女の結界は絶対だ。過去に一度でも綻びがあったなんて信じられない。
笑顔のまま、頭は忙しく回転していた。
「…お父様、それっていつ頃の話ですの?」
日は浅いが、聖女の歴史を叩き込んでいるカミラもまたほんの少しの違和感を感じていた。
「たしか百五十年ほど前だったと思うが?長い歴史の中でもたった一度だけなのだ。どのように管理しているのかと思ったのだが…」
カミラの手が止まる。
目を閉じてアスコット村での資料を、頭の中で猛スピードで思い起こしている。
「カミラ?」
アイリスが急に動かなくなってしまったカミラを心配そうに覗き込んだ。
カミラがパチッと目を開いた。
「…あるわ」
「何が?」
「百五十年位前に一度だけ、神事が遅れたことがあるのよ」
アイリスが目を瞬いた。
「クゥ・ルーイの到着が神事に間に合わなかったの」
カミラが読んだ記録には確かにそう記載されていた。
神事に供物が間に合わず、たった一度だけ決められた日に行えなかった。
ずれた日にちは僅か三日だ。
それが、ちょうどその川の氾濫の日と重なっているかは調べてみないと分からない。
だが、可能性は高いように思えた。
神事が間に合わないと結界が崩壊するのではないか。
そして、その神事に必要なのは「必ず」神の望む供物、クゥ・ルーイでなくてはならないのではないか。
カミラとセドリックは同時に同じ結論にたどりつき、背筋を凍らせた。
サイファは今年、神事用のクゥ・ルーイを用意していない。
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