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「自分に惚れていると高をくくっていた女が、ほかの男に夢中になることだよ」
カミラの目が丸くなる。
グレンが面白そうに、だが凶悪に目を細めた。
「胸を張れ。舐められるな。付き合ってやる」
グレンが悪魔のようにカミラに囁いた。
カミラが強く咲き誇る薔薇のように笑った。
「誰が夢中になるのよ!おまえが、わたくしに傅くのよ」
その黒髪をばさりと掻きあげて、ベルナルドに向き直る。
そして困ったようにグレンの腕に手をかけると、ゆっくりとしな垂れた。
「わたくし、漸く殿下のお気持ちが分かりましたの」
「な、何を言って…」
見たことのないカミラの仕草にベルナルドの喉が鳴る。
カミラはその視線さえコントロールするように綺麗に唇を引き上げた。
薔薇色の唇から、うっとりとした声が鈴のように響く。
「恋を知るということは、こういうことですのね…」
「馬鹿な!そんな男の何が…っ」
言いかけたベルナルドは、黙って視線をよこすグレンの圧に思わず言葉を失った。
グレンは一言も声を発してはいない。
ただ、目だけがベルナルドの喉元を食い千切ろうとする獣のように鋭く光っているだけだ。
「殿下…」
エドワードが静かな怒りを湛えた声色でベルナルドに語りかけた。
「殿下とカミラの婚約については、カミラの恋心を優先させての事でした。残念ながら殿下には届きませんでしたが、殿下が麗しい恋を得られたように、カミラもまた真実の愛に辿り着いたのです…」
底冷えする威圧感は、ベルナルドだけに向けられたものではないだろう。
セドリックは肩の震えを抑えることができず、アイリスをぎゅっと抱きしめて耐えた。
「セド…。カミラのお父さん、凄い我慢してるんだよ。笑っちゃ悪いよ…」
「だって、あれ、絶対グレンにも圧をかけてるでしょ…」
ひそひそと言葉を交わすアイリスとセドリックなど目に入ってもいないだろう。
ベルナルドは蒼白な顔をしてエドワードを凝視した。
「こ、侯爵はそれで構わないのか!」
「構いませんとも」
はっきりとエドワードが告げた。
ベルナルドは想定外だと言わんばかりに目を見開く。
「もともと我が家は皇帝陛下のご希望もあったので、カミラの気持ちも汲んだうえで殿下との婚約を承知しておりましたが、殿下自身に特別な方ができたことと…」
エドワードは、深く息を吸った。
物凄く嫌そうな顔をしている。
「…カミラに想う人ができた、ということであれば…。若い二人の気持ちを、優先させることに…異存は…っ」
娘を溺愛するエドワードの苦悩に満ちた、恐ろしく納得のいっていないという態度が、ベルナルドにカミラの気持ちが本当であることを伝えていた。
いや、伝えてしまった。
「で、では、アシュトレイヤ家は…」
「マイヤード家への配慮も必要ですので、殿下を後援するという立場は遠慮させていただきます」
エドワードは、そこだけははっきりと冷えた目でベルナルドを切り捨てた。
ベルナルドが慌てて周りを見回すが、侯爵夫人も嫡男も同じように冷たい目でほほ笑むだけだ。
「殿下。婚約を白紙にすることは陛下に申し上げております。新しい婚約を結びなおすためにも急ぎ、お戻りになった方が良いのでは?」
「そうですよ、殿下。大切なマリーティア嬢がもしかしたら婚約を結べるような立場ではなくなっているかもしれないですよ?ええ、修道院に向かわれるとか…。知りませんけど」
エドワードに続き、レオニスが親切に扉を開けた。
「殿下。陛下は本件は皇室とは無関係な、極めて個人的な出来事であったとおっしゃっているのですって。皇室の不介入を宣言なさっていますのよ?」
とどめとばかりに、セリーヌが膝を折って別れの挨拶をした。
「さぁ、お急ぎになってくださいませ。お幸せに。そして、ごきげんよう」
歓迎されていないどころではない。
このまま留まれば、例え周囲から何を言われようとも、ベルナルドの命の保証もないかもしれない。
実際、そんなことはあり得ないのだが、後ろめたさしかないベルナルドは恐怖のあまり、猛スピードで踵を返した。
そして、挨拶もそこそこにアシュトレイヤ侯爵邸を飛び出したのだった。
見送ったカミラが、深い息を吐く。
「…あれのどこが良かったんだ?」
「…お黙り」
カミラの黒歴史にとどめを刺すようにグレンが首を傾げた。
カミラは苦い顔で返事を拒否するしかなかった。
さて、おそらくプライドやら何やらに大打撃を負ったのはベルナルドだけではなかった。
飛び出した皇子を見送ったアシュトレイヤの男達は、その殺気を迷うことなくグレンに向けた。
「グレン君、君にはちょっと聞きたいことがあるんだが、いいかね?」
「あちらに席を用意しよう。ゆっくり、じっくり、何度でも、話をしようじゃないか」
両脇を麗しい男に挟まれたグレンが、心底嫌そうに眉をしかめた。
面倒くさい。
ありありと顔に出ているが、既に隠す気も失せている。
「あらあら、あなたもレオニスもだめよ」
絶対零度をまき散らす男達に、春の妖精がおっとりと声をかけた。
セリーヌだ。
さすがは侯爵家の夫人。夫と息子の殺気などまるで気にしていない。
「先にカミラとお話してもらわないと」
「お母様!わたくしは話なんてないわ!」
「あら、カミラ。どういう流れであれお礼は必要よ?」
母の正論にカミラがぐっと息を詰まらせた。
グレンは両脇の父兄と、カミラを天秤にかけて扱いやすいほうにあっさり傾く。
「じゃあ、お言葉に甘えてこっちで」
「こっちとは何なの!本当に無礼な男ね!!」
反射神経で怒鳴りつけるカミラに、先ほどまでの凛とした美しさは全くない。
きゃんきゃんと吠えまくるカミラをグレンが鼻で笑った。
「さっきまで泣きべそかいてたくせに?」
「か、かいてないわよ!!」
娘の分かりやすいような分かりにくいような態度に、男達は苦虫を嚙みつぶしたような顔をする。セリーヌは乙女のようにきらきらと目を輝かせて侍女に指示を出した。
「二人はあっちでお茶でもしていらっしゃい」
空気の読める侍女は頭を下げると、すっと案内を申し出る。
エドワードとレオニスにできることは皆無だった。
「二人っきりは絶対にダメだからな!!」
貴族の淑女として当然のことしか、釘を刺せないことに歯噛みをするが、それ以上はどうしようもできずガックリとうなだれた。
「セドリックさんとアイリスさんは私達とお茶をしましょう?カミラの話をもっと聞かせて頂戴」
優しい言葉にアイリスはぱあっと顔を輝かせた。
セドリックはアシュトレイヤ侯爵家の力関係をしっかり頭に叩き込む。
そして二人は声をそろえて返事をした。
「「よろこんで」」
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