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正式な案内も待たずに執事の後に続き、アマンディアス皇国の第一皇子、ベルナルド・フォン・アマンディアスが応接室に現れた。
ベルナルドは誰一人立ち上がって出迎えないことに眉を寄せた。
「アシュトレイヤ侯爵、この私が自ら訪れたと言うのに先客を優先しているとは、どういうことだ?」
権力者特有の傲慢な態度にアイリスは困惑してカミラを見た。
皇子はふと、カミラに気がつくと大袈裟に両手を広げて首を振った。
「ほら見ろ、カミラは何ともないじゃないか。父上は心配しすぎだ」
この部屋の温度が気にならないのだろうか。
物理的にもかなりの寒さになっていると言うのに、無神経とは恐ろしいものだ。
カミラは呆れて息を吐いた。
「殿下にご挨拶申し上げます。ですが…」
「どうせ、私の気を引きたかっただけだろう?」
ベルナルドの嘲るような笑みにカミラは固まった。アイリスが驚いて、その腕にそっと手を添えた。
カミラがこんなに分かりやすく動揺するなんて珍しいことだ。
(なんて嫌な人!)
アイリスの目が、らしくもなく鋭くなり、何か一言言ってやろうと口を開きかける。だが、セドリックの方が少し早かった。
「アシュトレイヤ侯爵、こちらは……?」
そこで初めてベルナルドはカミラに挨拶をしていたと思われる男に気がついた。
金髪のすらりとした貴公子で、穏やかな笑顔の中に気品と年上の余裕がある。
「おまけにどこぞの男まで呼びつけて、どういうつもりなんだ?」
セドリックは今にも噛みつきそうなアイリスを制して、エドワードに視線を送る。
エドワードの美しい顔が、怒りで蒼白になっている。
「殿下。娘は先程まで命に関わる呪いに侵されており、こちらのエルダリア国の聖女にお救い頂いたところです」
それでも、爆発しそうな殺意を圧し殺し、丁寧に説明をする。
「我が家の恩人に、そのような振る舞いはお控えください」
「呪いだと!」
ベルナルドは鼻で笑った。
「ふん、あれはちょっと眠りにつくだけの大したことのないものだ。皇子である私との茶会で居眠りなど…」
「ちょっと…ですって!?あれは…っ」
飛び出そうとするアイリスをセドリックが抑えた。平民のアイリスが大国の皇子にやって良いことではない。
「セド…っ!!」
「抑えて、アイリス」
まだ、早い。
セドリックはエドワードの対応を待った。
「殿下。すでに陛下にはお伝えいたしましたが、殿下とカミラの婚約は白紙にさせていただきました。淑女への対応をご配慮ください」
エドワードがベルナルドの前にすっと立った。細身だが背の高い侯爵が目の前に立つと、ベルナルドは見下ろされる形になる。
普段ならそんな威圧的な立ち方などしないエドワードの振る舞いに、ベルナルドは漸く場の雰囲気が悪いことに気がついた。
遅すぎるくらいだ。
アシュトレイヤ侯爵夫人のセリーヌも嫡男のレオニスも、揃って冷えた目を向けている。
「それと、今のお言葉ですと、殿下はカミラの呪いについてご存知だったように聞こえますが?」
そこで自分の失言に気がつき、慌てて訂正する。
「わ、私は何も知らない。ただ、マリーティアがそう言っていたんだ!」
「マリーティア様…。殿下は随分と懇意にされていますわよね?」
それまで黙っていたカミラが、口を開いた。
「そうだ!おまえは、私とマリーティアの仲を妬んでいたんだろう!?」
セドリックに口を塞がれていたアイリスが、思わず掴んでいたセドリックの腕に爪を立てた。
「なにそれ!婚約者がいるのに、妬まれるくらい仲の良い女の子がいたってこと!?」
「痛っ…!!い、痛いよ、アイリス」
アイリスの怒りは侯爵家の怒りと同じものだった。
爆発しそうなアイリスを見てカミラは逆にふっと力を抜いた。
(あの子があんなに怒ることができるようになるなんてね…)
「殿下。わたくしはマリーティア様と殿下のために身を引くことにいたしましたのよ?」
ゆっくりと薔薇の花が咲くような笑顔でカミラがベルナルドを見つめた。
その圧倒的な美しさにベルナルドは息を飲む。
「殿下がマリーティア様と特別親しいことは薄々存じ上げておりました」
それがカミラをどれほど傷つけたかは、カミラだけが知っていることだ。敢えて言う必要はないが、きゅっと手のひらを握りしめた。
「これまでは殿下の皇位継承のため、わたくしが支えねばと、強く使命に燃えておりましたが…」
そこで少し目を伏せた。
「マリーティア様にその立場はお譲りしようと思いますの」
それはアシュトレイヤの後ろ盾を失うことだと、ベルナルドは父親である皇帝から何度も口喧しく念を押されていたことだった。
「おまえ!そうやって家の力を使う気か…!!」
何故、そうなるのか。
カミラは、ほんの一瞬傷ついた目をして俯いた…。
今度こそ我慢できない。
アイリスがセドリックの腕から抜け出そうとしたとき、カミラの隣にグレンがすっと立ち、その細い肩に手を置いた。
耳元で低く囁く。
「泣くな、顔を上げろ。死ぬ気で笑え」
それは短い命令のようで、だがカミラにとっては起爆剤のようによく効く言い方だった。
「…泣いてなどっ」
ばっと顔を上げると、猛禽類のような目をしたグレンが唇の端を引き上げてカミラを見つめていた。
「知ってるか、ああいう男が一番嫌がることが何か?」
「……な、に…?」
カミラが初めて見るグレンの顔に唖然としていると、グレンは獰猛な獣のようにその笑みを強くした。
カミラ関係の微ざまぁは、本日中に区切りのいいところまで進めます~
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