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「聖女アイリス、この度は本当にありがとうございます」
一通りグレンにケチをつけた後、エドワードは胸に手を当て、最上級の礼を取った。レオニスも同様に頭を下げ、セリーヌは深く膝を折った。
カミラを抱き締めていたアイリスは、はっとして、カミラに向き直った。
「私、カミラに謝らないといけないの!」
カミラが首をかしげると、アイリスはエメラルドグリーンの大きな目からボロボロと涙をこぼした。
「ちょっ…っ、なんで泣くのよ!!」
カミラが慌てて肩をつかんで揺さぶると、アイリスは涙声のまま大声を上げてカミラにしがみついた。
「カミラの呪いを、呪った人に全部跳ね返してやろうと思ったのに、力加減ができなくて、完全に浄化しちゃったの!!」
わぁん、とその胸に顔を埋めて大泣きする。
「は…?」
「ごめんなさい!!」
何を言われたのか分からず、カミラが硬直した。
(呪い返しですって!?)
この善人が服を着て歩いているようなアイリスが!
驚きを隠せずアイリスを見つめる。
相変わらず大粒の涙を溢してメソメソしている。
「バカね!」
カミラは大声で笑った。
アイリスがその声に驚いてカミラを見上げる。
「おまえがそんなことまでしたら、お父様とお兄様のやることがなくなってしまうじゃない!」
「お父さんと、お兄さんの…?」
「そうよ。うちは皇国一の大貴族アシュトレイヤなのよ?やられたらやり返すわ、完膚なきまでに!」
大輪の薔薇のように華やかな笑顔で、父親と兄に視線を投げた。
「そうよね?お父様、お兄様!」
可愛い末娘の迷いのない目を向けられて、二人はばっとその手を握り力強く頷いた。
「その通りだ、カミラ!」
そして、アイリスに優しく微笑みかける。
「聖女アイリス。我々にもお気遣いいただき、ありがとうございます。」
エドワードの美貌に剣呑な空気が重なった。
「ええ。あなたのような善良な方にお任せするわけにはいきません」
「生温いですから」という副音声が聞こえそうな目をして、その隣からレオニスも手を重ねた。
アイリスは目を瞬いて、こくりと頷く。まだ、濡れた目をしていたが少しだけ落ち着いたようだ。
「…それであんなに打ちひしがれていたんだ」
「あいつ、ますます聖女っぽくなくなってきたな」
セドリックが目を丸くした。
以前のアイリスならあり得ない発想だ。
思わず苦笑するグレンに、セドリックも頷いてしまう。
二人の言葉に、アイリスは涙を拭って顔を上げる。
「私、怒っているの!カミラにこんな酷いことをする人たちに」
迫力こそないものの怒りは本物だろう。その気持ちはセドリックとグレンも同じだった。
「そうだね」
「まぁ…な」
至るところで溢れ出る怒りに、被害者のカミラが肩をすくめた。
「政治的な報復は、お父様達に任せるわ。おまえ達が不服でもね」
他国に介入なんて厄介以外の何者でもないだろうに、セドリックすら止めておかないと何をしでかすか分からないような空気を出していたので、一応釘を刺しておく。
セドリックとグレンは視線を合わせると、不満そうに肩をすくめた。
「旦那様…」
そこに扉をノックする小さな音が割り込んだ。
控えめだが困ったように眉を下げた執事が立っている。
「なんだ?」
エドワードの短い問いかけに、執事が頭を下げた。
「第一皇子殿下ベルナルド様が、領内に到着いたしました」
部屋の温度が急速に下がった。
冷気の中心の二人の目が据わっている。
「ほう…観光か?」
「お嬢様のお見舞いとのことです」
深々と頭を下げた執事が侯爵であるエドワードの指示を待つ。
「どの面下げて、カミラの見舞いなどとっ…」
激昂するレオニスを止めたのはカミラだった。
「待って、お父様、お兄様」
「カミラ!?」
ベッドの上でアイリスを宥めていた手を止めて、カミラが唇を綺麗に吊り上げた。
「皇子殿下へのお返しは、わたくしにさせて頂戴?」
だってこれは個人的な報復だもの。
ゾッとするような冷えた美しい微笑みは、カミラが間違いなくアシュトレイヤの娘であることを証明していた。
アイリスが思わず魅入っていると、エドワードの隣でおっとりとしていたセリーヌが「そうね」と頷いた。
「カミラはお出掛けしてたから知らないでしょうけど、皇室は殿下は無関係と判断しているのよ」
「殿下とのお茶会での事件ですのに?」
カミラが微笑んだまま首をかしげた。
「ええ。マイヤード侯爵家が単独で起こした事件だそうよ?」
「まぁ!殿下と必要以上に懇意にされているマリーティア様のご実家ね?」
アイリスとグレンは不思議そうな顔をして、セドリックは天井を見上げた。
「それでも、陛下は皇室は無関係と仰ったのよ…」
セリーヌは静かに目を細めた。
「『皇室は不介入』を宣言したわ」
くるりと家族を見渡すと、穏やかな春の日差しのように微笑んだ。
「…好きにして構わないということよね?」
一人、温度の異なるこの夫人もまた、アシュトレイヤの人間なのだと、貴族であるセドリックだけが戦慄した。
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