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巨大な氷の柱を見上げてアイリスは感心した。


「時の流れが止まっている…。呪いが進行しなかったのは、この魔法のおかげなんだね…」


「凍結魔法『氷中麗華(ブラシオル・レオ)』は、氷の中の流れを完全に止める魔法でね…」


セドリックの後を追ってきたレオニスが、二人に追いつき背後に立った。


「父上の氷魔法だ…」


「良かった。カミラのお父さんが時を止めておいてくれて」


そう言うと、アイリスはセドリックの腕からすとっと飛び出した。


テコテコと近づくと氷そのものに両手をかざした。


「大丈夫そう?」


隣にしゃがんでセドリックがアイリスを窺うと、氷を見つめながらアイリスはしっかりと頷いた。


「大丈夫。私は大聖女だよ」


そしてちょっとだけ後ろを振り返ると、レオニスにも胸を張った。


「お兄さんも、大丈夫ですから!任せてくださいね?」


場違いな可愛らしい動きにレオニスの力が抜ける。眉を下げて跪くと静かに頭を下げた。


「お願いします」


アイリスはもう一度氷に向かうと、深く息を吸って力を込めた。

淡い金色の光がアイリスを包み込む。


氷の中に吸い込まれた光の粒子が下から上へと柱を流れていく。

それは砂時計が逆さに流れるようにさらさらと煌めいた。


ぴしり…。


絶対零度の氷がゆっくりと崩れる。

永遠に溶けないはずの氷解にレオニスが慌てて駆け寄った。その腕の中に、黒髪の少女がとさりと落ちた。


ふと、見るとその傍らで、アイリスが氷の柱の跡に両手をついて項垂れている。

何故か絶望した様子で震えていた。


(…失敗したのか?)


レオニスに僅かな緊張が走る。

セドリックが近づくと、荒い呼吸のアイリスがブツブツと呟いていた。


「アイリス、どうしたの?」


「カミラのところに戻って!」


セドリックが問いかけると、切羽詰まった顔でセドリックにすがり付いた。


困惑するセドリックと、気を失っているカミラを抱き上げたレオニスが、アイリスの勢いに押されて急いでカミラの魂の眠る部屋に駆け戻った。


「セド、アイリス!!」


戻ってきた二人に、グレンが振り返る。

グレンが手を握っている黒髪のアイリスは穏やかな呼吸を繰り返していた。


「アイリス、どうしたの?」


セドリックも状況が掴めず、落ち着きのないアイリスに声をかける。

見たところ、問題はなさそうだが失敗したのだろうか。


「カミラを私の体の隣に寝かせて!」


「…え?」


慌ただしく言葉を続けるアイリスに一瞬レオニスの反応が遅れる。


「貸せ!!」


そのわずかな瞬間さえ我慢できなかったのか、グレンがレオニスからカミラの体を奪うと、ベッドに眠るアイリスの横にそっと寝かせた。


「カミラ!私も戻るからカミラも戻って!!!」


アイリスがカミラに向かって、夢中で叫んだ。


ぺたり…


直後、クマのぬいぐるみが糸が切れたように床に崩れ落ち、ベッドに眠るアイリスの黒髪は毛先から徐々に明るいブラウンに変わっていく。


そして。


アイリスの隣に眠る黒髪の美しい少女の睫毛が、ふるりと震えた。


がばっと弾かれるようにアイリスがベッドの上に飛び起きる。


そして勢いよく隣に眠っていた少女を上からのぞき込む。

白磁の肌と薔薇色の唇が眠っていてもその美貌を物語っている。


パチリ、と目が合った。


それは鮮やかなルビー色の瞳だった。


「カミラ!!!」


アイリスが全身で抱きつくと、カミラは起き上がりかけていた体勢を崩し、再びベッドに沈み込む。


「ええい、重たいわ!!!急に抱きつくんじゃないわよ、このおバカ!!」


何とも威勢の良い罵声が部屋に響いた。

アイリスの声とは少し違う少女の声だった。


「も、戻ったのか…」


グレンがまじまじとカミラを覗き込む。

セドリックもアイリスの後ろから顔をのぞかせた。


カミラは三人の間抜けな顔を見ると、ふふんと顎を上げて唇を釣り上げた。


「どう!?これが社交界の至高の薔薇といわれた、わたくしの本当の姿よ!」


ふんぞり返るカミラに、アイリスは再び抱き着き、セドリックは苦笑した。

グレンは不機嫌そうに顔をそむける。


「クマの時と大して変わらねぇよ」


「何ですって!本っっ当に無礼な男ね!!」


グレンの言葉にカミラがヒステリックに叫んだ。


元気のよい末娘の帰還に呆然としていたアシュトレイヤ侯爵家の面々だが、カミラの怒声で我に返ると、父と兄はグレンの肩にポンと手を置いた。


「君、うちの娘にちょっと失礼じゃないか?」


「ちょっとうちの妖精について、俺が直々に指導をさせてもらいたいんだけど、良いかな?」


グレンの顔が引きつった。


「……は?」


アイリスとセドリックは顔を見合わせて噴き出した。


「ご家族の前で、それはダメだよグレン!」


「おまえは、そういうところがダメなんだよ、グレン!」


二人から同時にダメだしされたグレンが悲鳴のような声を上げたが、残念ながら助け船が出されることはなかった。



いつも読んでくださり、本当にありがとうございます!


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