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狂犬聖女  作者: 慶村莉緒
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「ご、護衛?」


「そうよ。こんなところさっさと出ていきたいところだけど、おまえの記憶を見る限り神殿から出たことがほとんどないじゃないの!」


「ええ!?だって結界とか治療とか…外に行く時間なんて無いよ!」


アイリスの言い分を聞き終えたカミラは鼻で笑った。


「おバカね。時間は作るもの、自由は掴み取るものよ」


そう言いながら、カミラは少し首をかしげた。

アイリスを見上げる。


「もう一度、おまえの体を乗っ取るにはどうしたら良いかしら?」


「ええ!また入れ替わるの?」


アイリスが目を丸くする。

目の前のぬいぐるみがキョトンとした。


――激烈に可愛い。


可愛いというだけでいちいち思考が中断するアイリスに、カミラは呆れたようにため息をついた。


「いい?おまえじゃ明日はおろか一生自由時間なんてもぎ取れないわ。だったら、わたくしがやるわ」


「だけど、どうやって…」


カミラは少し黙る。

そしておもむろに頷いた。


「考えても仕方ないわ。まずは気合いね!」


「えええ!!そんな無茶な…」


目を白黒させるアイリスなどお構いなしにカミラがぐっと力を入れて仁王立ちになる。


「いいから、そこをおどき!!!」


カッと気合いを入れてアイリスを怒鳴りつけた。


「きゃぁ!!」


小さく悲鳴が上がり、アイリスが、後ろへよろめいた。

かくんと崩れ落ちると床に手をつく。

その明るいブラウンの髪が、毛先からゆっくりと黒く染まっていく。


「ふっ、やっぱり人間気合いがあればなんとかなるものなのよ」


ばさっとその黒髪を掻き上げた。

その瞳は赤い。


「本当に入れ替わっちゃったよ!!」


カミラが憑依していたクマが叫ぶ。

黒いクマのぬいぐるみは、ミルクティー色のクマに変わっていた。


「あら、おまえがそっちに入るのね?」


「ほ、ほんとだ…ええ!?どうしよう」


「気合いがあれば戻れるんだから良いじゃないの」


気合いで勝てる気がしない…。

アイリスが軽く絶望していると、カミラがまた鼻を鳴らした。


「ずっと乗っ取ったりしないわよ。まずは、現状を打破するだけだわ、安心なさい」


唇の端が薄く引き上がる。


「なんか悪いこと考えてる顔だよ!!」


自分の顔がすごく凶悪に見えてアイリスは震えた。


「失礼な娘ね!」


心外だとカミラが眉を寄せた。


「とにかく神殿の息のかかってない護衛を雇って、一度外を見てみましょう」


「神殿の…息の?」


「おまえのことなんかちっとも尊重してない神殿が信用できるわけないでしょ」


「できるかな、そんなこと…」


アイリスが小さく呟く。

神殿はアイリスの全てだ。良くも悪くもアイリスはここしか知らない。


「おまえじゃなくて、わたくしがするの。黙ってみてなさい」


昂然と言い放つカミラをアイリスは何とも言えない沈黙で見上げることしか出来なかった。


――翌朝。


司祭達の淡い期待を裏切るように、アイリスの髪は艶やかな漆黒だった。


こんなに絶望した司祭の顔を初めて見た。

カミラに抱かれたクマのアイリスはポカンとそれを見つめた。


「あら、早いのね。なにか用?」


不遜な態度に、アイリスが昨日のままだということを嫌というほど突きつけられ司祭の顔がひきつる。


「け、結界の祈りの時間だ」


辛うじて威厳を保つように告げると、カミラの目が細くなる。


「…それで?」


「おっ、おまえの仕事だろう!!」


思わず怒鳴りつけて即座に後悔した。これは昨日までのアイリスではない。


「それは神殿の仕事よ。力を使える娘は他にもいるではないの」


司祭が唇を噛んだ。

カミラの言う通り、結界を強化できる聖力を持つものは他にもいる。

数名がかりで数時間かかるだけだ。

そして、その後はしばらく力尽きる。


「他の娘では…効率が悪いことは分かっているだろう」


「でも、できるじゃない」


「くっ…。なんでこんなに聞き分けが悪いんだ」


急に扱い難くなったアイリスに舌打ちをする。


「わたくしはやらなくても困らないわ」


「なっ…!!!」


司祭の顔が青くなる。


「王室や騎士団から糾弾されるのは神殿だもの。そしたらわたくしは現状を訴えるわ。辛いの、と」


「ば、バカなことは考えるな!」


「そうね。これは取引よ?」


カミラがうっすらと微笑む。

髪の色と目の色が変わっただけと言うにはあまりに違いすぎた。


「おまえ、本当にアイリスなのか?まるで狂犬じみている…まさか悪魔に乗っ取られてるんじゃ…」


当たらずしも遠からずだが、あえて答える必要はない。

というか、犬呼ばわりされたカミラがイラッとしたのが空気で伝わった。


「か、カミラ…」


カミラの胸に抱かれたアイリスが、司祭に気付かれないようにカミラの腕にそっと手を乗せる。


「いいわ、今日はその祈りとやらを行うわ。わたくしがきちんと結界を強化できたら必ず詫びさせるわよ?」


頭を押さえつけるような威圧感でカミラが司祭を睨み付けた。


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