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ビックリするような怒声だったが、アイリスは全く気にせず扉に手を掛ける。
「おまえ、神殿の司祭達の怒鳴り声には怯えていたのに、これは平気なの?」
アイリスがきょとんと手を止めた。
「おばあちゃんは、怖くないもの」
だからそれは何故なのかと聞きたかったのだが、まぁ、信頼関係の差だろう。
聞かなくても分かりそうな話だったのでカミラは「ふーん」と興味を失ったようにアイリスの腕に身を任せて力を抜いた。
気を取り直して、アイリスがもう一度扉に手を掛ける。
「ただいま。アイリスだよ、おばあちゃん!」
開かれた扉の奥の部屋には、気難しい顔をした老婆がどっかりと座っていた。
周りには仄かな明かりを漏らすランタンがいくつも飾られており、それだけで幻想的だった。
元気良く飛び込んできたアイリスにチラリと目をやると、ふんと鼻であしらう。
「なんだい、アイリスか。神殿でぼろ雑巾みたいに使われて逃げ出してきたのかい?」
しわがれた声は、それでもはっきりとしており、毒舌も中々のものだ。
セドリックとグレンがどうしたものかとお互いの視線を交わしあった。
女ならセドリック、年寄りならグレンが対応するが、随分と手強そうだ。
「もう!違うよ。友達を助けにいくところなの」
二人が対応を決めかねていると、アイリスがどんどん先に話を進めてしまう。
「おまえに友達だって!」
老婆が大袈裟に声を上げた。
「ニコニコしてるだけで、なーんにも主張できないおまえに!!」
老婆が嘲笑うようにおどけて見せた。カミラは、アイリスが同郷の聖女たちを一度も「友人」と称したことがないことに思い至る。
仲は悪くはないけど、友人にまではなれない。そういうタイプの人間だったのだろう。
「お人好しによくあることだわ」
思わずこぼしたカミラの言葉に、老婆が視線を向けた。
「ふーん、珍しいお客さんじゃないか?」
小さな独り言も、漏らさず聞いている。年寄りの割に耳敏い。
セドリックとグレンの筋肉が僅かに緊張した。
老婆は騎士の二人にも目を向けると、再びフフンと笑った。
「小僧どもが、ご立派に騎士様を気取ってるじゃないかい」
セドリックは一瞬戸惑った。そのわずかな間にグレンは両手を上げた。こういうときの勘働きはグレンの方が早い。
「揶揄わないでくれよ、ばあさん」
早々に、敵わないと白旗を上げる。
老婆は片眉をあげると、プイとそっぽを向いた。そして、重い腰を上げてアイリスの方に歩み寄り、見上げた。
「随分と変わった連中を引き連れて、何しに来たんだい、アイリス」
皮肉なもの言いにアイリスを除く三人は戸惑っているが、アイリスは屈託なく笑った。
「久しぶりに帰ってこれたから、顔を見に来たの!元気だった!?」
老婆とアイリスの温度差が凄い。
カミラたちが呆気に取られていると、老婆がもう一度鼻をならした。
「元気だとも。おまえも相変わらず、のんきだね。さぞかし周りをイラつかせてるんだろうよ」
ポカンと見守っていたが、ここにきて、ようやく三人は納得した。
これがこの二人の距離感なのだろう。老婆が言いたい放題言ってもアイリスは全く堪えてない。老婆の方もアイリスが全く堪えてないことに安心している節がある。
「…田舎って新鮮」
「いや、独特すぎだろ…」
感心したように呟く二人の騎士に、老婆がギラリと視線を投げた。
ピクリと緊張する二人を見て、カミラは思わず感心する。
(この二人、まあまあの騎士なのに凄いわね、あの老婆…)
これで何度目だろうか。
老婆が鼻をならした。
「で、なんであんたのクマは、人様の魂なんか取り込んじまってるんだい?」
「おばあちゃん、分かるの!?」
アイリスが目を丸くすると老婆はにたりと笑った。
「お迎えが近いと、大概のことは受け入れられるようになるもんなんだよ」
是非、後学のために覚えておきたい。
カミラはますます感心して老婆を見上げた。
「おまえは、わたくしのこの状況が気にならないのね?大した図太さだわ」
「クマのぬいぐるみがしゃべるくらいで驚いてちゃ、人生の荒波は越えられないさ」
それはさぞかし荒波の多い人生に違いない。セドリックが独特すぎる老婆の人生観に身震いし、グレンはまた別の意味で感心していた。
「…まぁ、人生、何があるか分かんねぇもんな」
「おばあちゃん、かっこいいでしょ?」
あっさりと受け入れる平民組の柔軟さに、改めてセドリックは己の未熟さを痛感する。その横でカミラが肩をすくめる。
「あれはさすがに特殊すぎるのではないかしら?」
しばらく沈黙した後、セドリックがすがるようにカミラを見つめた。
「…だよね?」
感性が同じ人がいることを、これ程心強く思ったことはない。
セドリックの心の安寧など、どこ吹く風でアイリスが老婆にこれまでのことを語っていた。
あんな突拍子のない話をどう受け取るつもりなのか。
少しだけ興味が湧いて見守っていると老婆が大声を上げた。
「なんだって!?今年の神事にはクゥ・ルーイを使わないのかい!?」
「うん。なんか、コスト削減って言ってたよ?」
「何てケチ臭いんだ、今の神殿は!!!」
だが、セドリックの思っているところとは全く違うところに話が着地している。
耐えきれずに、セドリックは口元を押さえて横を向いた。
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