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夜。
パチパチと音を立てる焚き火を囲みながらアイリスはスープの入ったカップに口をつけた。
焼ける肉の匂いが鼻腔を刺激する。固いパンを齧ると少しだけ酸味がした。
「へぇ…セドのおうちって侯爵家だったんだね?」
アイリスが目を瞬かせる。カミラは少しだけ見上げると両手を上げて「やれやれ」と首を振った。
「おまえ、本当はそれがどういうことなのかわかってないでしょう?」
「分かる?お貴族様のことって良く分からなくて…」
アイリスが照れくさそうに舌を出した。グレンは肩をすくめる。
「侯爵家の人間として他国の侯爵家を訪問するということは、これから起きることはこの男が責任を持つ、ということよ?」
「これから起きること?」
アイリスとしては、カミラをカミラの体に返しに行くだけの話だ。言葉は悪いが、拾った落とし物を届けに行くのと変わらない。
「親切で善良な人ばかりではないということよ。向こうだって落とした財布から法外な謝礼を要求してくる悪質な人間かも、とか疑うのよ」
アイリスに分かりやすい例えでカミラが噛み砕いてやると、グレンも頷いて続けた。
「最悪、届けた人間が、盗んだ人間扱いされることだってある」
アイリスがポカンと口を開けた。
考えたこともないのだろう。
「正直、同じ小国でも身分の不確かな俺らよりは、侯爵家の息子という身分が保証されてるセドの方がその可能性は格段に抑えられる…けど」
「国力の差を考えたら、それもどの程度有効か分からないわね」
「え…そんなに大変なの!? あ、あの、無理なら…」
急に怖くなったアイリスが、思わずセドリックの腕を掴むと、セドリックはその手に優しく触れて首を振った。
「大丈夫。そんなに難しいことじゃないよ?」
いつもの穏やかな笑顔にアイリスが困ったように眉を下げた。
「でも、私が我儘を言ったから…」
「…おバカなの?」
泣きそうなアイリスの言葉を、膝の上からカミラがばっさりと切り捨てた。
アイリスが膝の上のカミラに視線を落とす。
「さっき自分で言ったじゃない。大抵のことは気合いとはったりでなんとかなるって」
それは元々カミラが言っていることなのだが、お構いなしにカミラが続けた。
「少なくとも、この男は騎士なのだから、おまえよりは気合いが入ってるわ!」
ふんす、と胸を張るカミラに合わせるようにセドリックがアイリスを覗き込んだ。
「それにアイリスよりは、はったりも上手いしね?」
アイリスがセドリックのいたずらっぽい目をパチパチと見返した。
上目使いに見上げる楽しそうな目の色に、ほっとしたような気持ちになり、目元が緩んだ。
「無理してないならいいの。ありがとう、セド!」
明るく笑ったアイリスにセドリックも満足そうに頷く。だが、すぐに隣から釘を指される。
「言っとくけど、向こうで侯爵家に接触したあとは、おまえがはったりかますんだからな?気合い入れとけよ?」
「そうね。おまえが失敗してもやっぱりこの男の責任になるものね」
二人からの遠慮のない要求にアイリスが目を丸くする。そして言葉の意味を飲み込むと力強く笑った。
「任せて!」
拳を握って宣言するアイリスにセドリックが眩しそうに目を細めた。
「頼もしいね?」
随分と逞しくなった少女に感心する。
「さぁ、検問所のあるルウイ村まではあと少しなのでしょ?そろそろ、寝なさい」
そんなセドリックを気にかけることもなく、カミラがアイリスの膝を叩いた。
「カミラもお母さんみたい!」
以前、同じことを言われたグレンが鼻に皺を寄せる。
「バカおっしゃい!そんなのこの男だけで十分だわ!」
グレンもすぐさま顔をしかめた。
「俺だってごめんだ!」
「えー」
アイリスは残念そうに唇を尖らせ、セドリックは口元を押さえて、肩を震わせながら横を向くのだった。
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