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神殿の入り口で、穏やかな顔をしたノアがアイリス達を待っていた。
「おはようございます、アイリス様」
春の日差しのような人だと、アイリスは体の硬さが取れていくのを感じる。
アイリスにとって司祭達は常に厳しい指導者だった。サイファのように優しく話しかけてくれる人でも、アイリスの体調や気分を気遣ってくれることはない。特に嫌な思いをしていたわけではないが、こうしてノアに優しく接してもらうと何だか気持ちがふわふわする。
「おはようございます、ノア様」
温かい気持ちのままアイリスが頭を下げた。
「昨夜は、楽しまれたようですね?」
「はい!!」
神殿の近くの酒場で騒いだのだ。すでに筒抜けである。セドリックとグレンは気まずそうにスッと視線を逸らした。
「ははは。良いんですよ?ああいう賑やかなのはこの村では普通です。それより、アイリス様に失礼なことがあったと…」
どうやら想像以上に詳しく把握しているらしい司祭がアイリスに向かって眉を下げた。
「失礼な…?あっ!失礼なことはなかったですけど、ご自分が格好良くないことを気にしてる方がいました。そんなことを気にしなくても良いと伝えましたが…」
アイリスが痛ましそうに頬に手を当てて首を傾けた。
「あの人、まだ気にしてるのかな?人間は顔じゃないのに」
すでに一周回ってアイリスの方が失礼だ。セドリックは肩を震わせ、グレンはさらに気まずい顔をした。
「んんっ…。そうですか、アイリス様が気にされてないのでしたら、私の言ったことは忘れてください」
ノアは軽く咳払いをひとつして、首を振った。そこにあるのは鉄壁の笑顔だった。
さすがは年の功。アイリス以外の全員が思わず尊敬の眼差しを向けてしまう。そんな視線をさらりと受け流し、ノアは案内を始めた。
「それでは、まず神殿の中を御案内しますね?」
「はい!」
歩き出すノアの後にアイリス達が続く。
バタバタと行き交う若い男女の顔は明るく活気に満ちている。初めに訪れたのは医務室のようだった。
看護師の格好をした若い女性たちが、にこやかに患者達に向かい合っている。
「転んでしまったんですね?湿布をして、念のため固定しておきましょう」
「二日酔いですよ、飲みすぎです!胃腸薬を出しますから、水分を沢山とって家で大人しくしててください!あと、明日は倍働いてくださいね!」
年配の女性の足首を診て処置を施す者がいれば、二日酔いの患者を叱りつける者もいる。
「驚かれましたか?」
「少しだけ…。本部は基本的に聖力を使うから」
「はは、特別な力を持つものは本部にしかいませんからね。地方神殿はみんなこんな感じですよ」
アイリスは目の前の光景を不思議な気持ちで見ていた。ちゃんと治療もできてるし、誰も困っていない。
「ここでは聖力は不要なんですね?」
「あれば良いとは思いますが、無くてもなんとかなると言う感じですよ」
アイリスの力を否定するわけではない。ただ事実を淡々と伝えられているだけだ。
それでもアイリスの心に残るには十分な重みがあった。
「ですが、結界の維持だけはアイリス様達のお力が無いと無理です」
迷子のような顔をするアイリスの肩にノアが手を置いた。
「これから御案内しますが、そればっかりは我々ではどうにもなりませんからね?」
いたずらっぽく目を細めたノアを、アイリスが見上げた。
「それは我々が同行して問題ない場所ですか?」
二人の背後からセドリックが手を上げた。
「そうですね。祈りの間は大丈夫です。ですが…」
「あ、大聖女様の記録を見せてもらうの。もしかしてそっちは無理ですか?」
アイリスの言葉に申し訳なさそうにノアが頷いた。
「資料室の方は関係者以外は立ち入り禁止となっておりますので…」
「承知しました。ではその間、我々は村の人たちと話をしても構いませんか?」
セドリックはアイリスを神殿に任せて現地調査を行う方向で算段を立てる。
「ええ、それでも構いませんよ。申し訳ありません」
「いいえ、こちらもそれで問題ありませんので」
セドリックとグレンは頷きあって、例のザック爺さんとやらに話を聞きに行くことにした。




