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狂犬聖女  作者: 慶村莉緒
3/7

堂々とした貴族のような足取りで、アイリスは颯爽と廊下を歩いた。


追ってきた司祭はなんと声をかけていいのか迷い、結局なにも発することができずに後に続いている。

やがて部屋の前に到着すると、それまで無言だったアイリスが司祭へ視線を向けた。


「どこまで付いてくるつもりなのかしら?」


鋭い眼差しに息を飲む。

これはいったい誰なのか…。

冷や汗が司祭の額を伝い落ちる。


「おまえは本当にアイリスなのか…」


「わたくしがアイリスでないなら、何だというの?」


向かい合うだけで押し潰されそうな圧に司祭が狼狽える。


「おまえも神職者なら、わたくしの聖力が変わらないことは分かるのではなくて?」


赤い目が細められ、唇の端が薄く持ち上がる。


「神に誓って、神に愛された者を敬っていたと言いきれるかしら?」


「な、なにを…」


「神がお怒りになったとは、考えないのかと聞いているのだけど?」


司祭の目が落ち着きなく揺れる。

少なくとも後ろめたく感じる程度には心当たりがあると言うことだ。


「これ以上、わたくしを煩わせないでちょうだい。下がりなさい」


命令し慣れた者の有無を言わせない圧力に、司祭は慌ててその場を去った。


「ふん。だらしの無いこと」


アイリスは興味をなくしたように、自室へ足を踏み入れ、パタンと扉を閉める。

ついでにカチリと鍵を掛ける。


「まぁ、心もとない粗末な部屋だけど仕方ないわね?」


ぽすん、とベッドに腰を下ろす。


――つきん


小さくこめかみに痛みが走った。


「…知らないわよ、わたくしは巻き込まれただけだもの」


額を押さえて、頭の中に響く声にアイリスが呟く。


「…っ、煩いわね、だったらおまえが何とかしなさい。くま?…ああ、このぬいぐるみのことね?」


頭を押さえたまま、ベッドの横に置かれたぬいぐるみに手を伸ばした。


ふんわりとしたミルクティー色の可愛らしいクマのぬいぐるみ。

胸元にはリボンが飾られており、綺麗な緑色の石がはめられていた。


アイリスがぬいぐるみを手に取った瞬間、黒髪がくっと後ろに引かれた。


かくんとアイリスの顎がわずかに上を向く。

――手元に引き寄せたクマのぬいぐるみがゆっくりと黒く染まっていった。


それと同時にアイリスの髪の色が明るいブラウンに戻っていく。


アイリスが正面に向き直ったとき、その瞳は優しいエメラルドグリーンに戻っていた。


すぐさま、膝の上から甲高い声が飛んできた。


「ちょっと、おまえ!!なんでわたくしがクマにならなくてはならないのよ!!」


ミルクティー色だったクマのぬいぐるみが、黒く染まっている。

その黒くなったクマのぬいぐるみが、きぃぃっとアイリスを怒鳴り付けた。


「えっと、…すいません?」


アイリスは困惑したまま頭を下げた。


「わけも分からず謝るのをやめなさい!何がごめんなの!」


「あの…、私の体を返してもらうのに、あなたの魂をぬいぐるみに移させてもらいました」


オロオロとアイリスがクマに語りかける。


「分離魔法の応用ってことね?…って、それは別に良いのよ!」


「良いんですか?」


「なぜクマなのかって聞いているのだけど?!」


アイリスは目を瞬いた。


「あの、可愛いかなって…」


「分かったわ、おまえは優秀なおバカなのね!」


アイリスは自分の体を乗っ取っていた何かに説教されながら、小さく首をすくめた。


「えぇっと、あなたは?」


「わたくしはカミラよ。それ以外は…あら?……分からないわね?」


「えぇぇ!?あの、貴族とかじゃないですか?えっと、家名とか…」


「分からないといってるでしょう!」


絶対に貴族だ。

それだけは間違いないと思うのだが、カミラには記憶がないことを気にした様子がない。


それどころか、現状への不満を最優先にしている。


「おまえがあんまり鬱陶しいから引きずり込まれたんじゃないの!」


クマがプリプリと怒っている。

お嬢様口調の口の悪いクマ…。


「ふふっ」


「笑い事ではないわ!ここは一体どこなのよ!」


ポスポスとアイリスを叩くが全く痛くない。


「さっきまであんなに格好良かったのに可愛い!」


「お黙り!それと、おまえの記憶を見たけど、扱いが本当に碌でもないわね!何なのアレは!!」


クマがピシッと指…は、ないので腕をさす。


「我慢ばかりするから、こんな面倒なことになるのよ!」


「我慢なんて…」


「自覚がないなら、質が悪いわ!」


アイリスはきょとんと首をかしげる。

無理…をしていたのだろうか。


みんなのために頑張りたかっただけなのに。


「その偽善的な顔をやめなさい!」


可愛いクマがまたプリプリと怒る。

それを見ながら、アイリスはぼんやりと思った。


苦しかったのは無理をしていたからなのかもしれない、と。


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