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「街道にゴロツキ連中がのさばってるのは騎士団がだらしないからだろう!!」
顔を真っ赤にして唾を飛ばす男に、負けじとグレンが怒鳴り返す。
「だから、始末してやったろうが!何でもかんでも騎士団に押し付けんな!」
離れていてもはっきり聞こえる言い争いにカミラが肩をすくめる。
「あれで良いのかしら、騎士様は?」
「返す言葉もないが、グレンも間違ってない」
「…分かったわ。おまえも短気なのね?」
黙りこくっていたアイリスが、腕の中に抱き締めたカミラに顔を寄せた。
「でも、あの人たち野盗に襲われて、荷物もボロボロになっちゃったんでしょ?可哀想だよ…悪いことしてないのに…」
カミラはアイリスの顔を見上げた。
「そうかしら。助けてもらったくせに感謝もせずに、文句ばかり言うなんて図々しいと思うけれど?」
「それは…怖い思いをして、気が動転してるんじゃないのかな?」
カミラは、すたっとアイリスの腕から飛び降りた。
「また『可哀想』なのね? いいわ、おまえ、わたくしに体を貸しなさい」
「え?」
「は?」
唐突なカミラの申し出に、アイリスは勿論、セドリックも思わず声を漏らした。そんな二人に構わずカミラが仁王立ちになる。
「代わりなさい!!」
カッ…!!
という音が聞こえそうなほど勢いよくアイリスに言葉を叩きつけた。
瞬間、アイリスの体から力が抜け、がくんと崩れ落ちる。
「わぁっっ!!」
とっさにセドリックが手を伸ばし、その体を支えた。
セドリックの腕の中でアイリスの髪の色が毛先から徐々に黒く染まっていく。同時に正面のクマの色が明るいミルクティー色に変わっていった。
アイリスの目がゆっくりと開かれる。
その色がルビーのような輝きに変わったのをみてセドリックが息を吐いた。
「カミラ嬢だね…」
セドリックの胸を軽く押して腕から抜け出すと、背筋を伸ばし『カミラ』はその黒髪をばさっと掻き上げた。
「ついでだから、おまえのまぬけな部下の尻拭いもして上げるわ」
唇の端を吊り上げて妖艶に笑うカミラは、同じアイリスの顔だというのに全く別人の笑みを浮かべていた。
「ちょっといいかしら?」
カツカツとグレンと商人の間に割って入る。商人は訝しげに眉を寄せた。
「なんだ、おまえは」
「わたくしが誰かなんて、どうでも良いのよ」
赤い目が、獲物を焼き尽くす焰のように煌めいた。
「おまえの護衛はどこにいるの?」
「…は?」
「雇っていないの?おかしいわね?」
首をかしげるカミラを商人がイライラと怒鳴りつけた。
「何を訳の分からないことを…っ」
「わたくし、昨日、町でこの商会のロゴマークを見たわ…」
ゆっくりと商人を見据える。
「物騒な世の中だからと、護衛をつけたり保険をかけたりで価格が高騰してるそうじゃない…店の者が愚痴をこぼしていたわよ?」
商人の顔色が変わった。
「取引先に嘘をついているのかしら?」
「な、なんだ、おまえは!女は引っ込んでろ!!
触れられたくないところを指摘されたのか、益々大声でわめき散らす。
「おだまり!…わたくしは神殿の大聖女よ?口の利き方は気を付けなさい」
カミラの堂々とした宣言に、セドリックに抱かれてカミラの後についてきたアイリスが小さく悲鳴を上げた。
「だ、大聖女じゃ、ないよ!!」
おろおろするアイリスを、セドリックが少し力を込めて抱き締めた。
「少し様子を見てみよう?」
二人が口を挟まないことを確認してカミラは続けた。
「そんな胡散臭い商会の商品など信用できないとわたくしが言ったらどうなると思う?」
「な…!せ、聖女がそんな脅しを…」
「威しじゃないわよ、個人の感想よ。嘘は嫌いなのよ、聖女だから」
なぶるように細められた目に、商人が顔色を無くす。それに構わずにカミラは続ける。
「それに、おまえはグレンを騎士団の下っ端だと思ってるかもしれないけど、わたくしの騎士なのよ?」
言葉の意味を図りかねた商人は、しかし少女の圧だけで膝が震えるのを止められなかった。
「ど、どういう…」
「聖女の騎士は聖騎士と言って、おまえの身分で口答えできる立場ではないのよ。はっきり言って不敬罪だわ」
飛躍しすぎだ。
セドリックは面白そうにカミラを眺めた。さすがにアイリスは見過ごせないのかバタバタしてるが、面白いからそのまま腕に閉じ込めておく。
「正気か……」
味方のはずのグレンすらドン引きしてる。
「ねぇ、おまえ…」
カミラは商人に目を合わせたまま、不出来な子どもに困った母親のように声をかけた。それなのに、その目だけがネズミで遊ぶ猫のように爛々としている。
「おまえがするべき事はこの騎士に感謝をして、早々に町に戻り、正式に被害届を出して補償金を受け取ることよね?」
その保険をおそらくかけてはないだろうが、そんなことは知ったこっちゃない。
「わたくし、先を急いでいるのにこんな些末なことで時間を取られたくないの。分かるわね?」
商人はもはや、首を縦に振ることしかできなかった。
いま、彼を支配するのは「逃げたい」という切実な願いだけだ。
「あぁ、助けてもらったお礼など、気にしなくてもいいわよ?早く町に向かいなさい」
最後に優しく微笑むと、商人は「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
慌てて無事だった積み荷の中から、いくつかの品を押し付けるように献上し、叫ぶようにグレンに礼を言った。
「わ、われわれも先を急ぎます!聖女様もお気をつけて!それと、われわれは不当な値上げなど…っ」
「『分かっている』わ。おまえたちの商売の事はわたくしには関係ないもの、それは好きになさい」
カミラの言葉を聞くやいなや、商人は頭を下げて脱兎のごとく町へ向けて出発した。
「…どう、分かった?おまえみたいなお人好しは、『可哀想』をその場の出来事だけで判断してはだめよ」
商人の後ろ姿を見送ったカミラは、つまらなそうな顔でアイリスを振り返ると、面倒くさそうに髪を掻き上げた。
「カミラって……すごいね」
「もはや、あいつが盗賊だろ…」
唖然とするアイリスとグレンの横でセドリックが爆笑した。




