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「このおバカ!!!」
隣の部屋から聞こえてきた罵声にセドリックが吹き出した。
「あのクマに、安宿の壁の薄さを教えてやる必要があるな…」
「あはは、すっごい箱入りだったんだろうね?」
賑わっている町の一番大きな宿だ。平民なら安宿とは絶対に言わない。とはいえ、「平民にとって」なので防音に優れているかと言えばそこは普通だ。怒鳴り声なら音は漏れる。
「一人部屋に二人いるって思われたら追加取られるぞ」
「グレンも金に渋いなぁー」
「俺は普通だ!」
グレンは舌打ちしながら隣の部屋に向かう。ドアをノックして部屋に乗り込むと、迷わずクマを掴み上げ振り回した。
「きゃぁぁぁ!!」
「うるせぇ、騒ぐな!声が外に漏れてんだよ!!」
アイリスがあわあわとグレンの腕にしがみついた。
「止めてください!!!」
「あはははは」
腹を抱えて笑うセドリックの声が部屋に響いた。カミラを取り返し、ぎゅっと抱きしめてベッドに腰を下ろしたアイリスは二人に向き直る。
「で、二人はどうしたの?」
腕の中のカミラはまだ目を回している。
「うん、町にごはんでも食べに行こうよ。そろそろお腹すかない?」
セドリックに言われてアイリスは初めて自分の空腹に気がついた。くぅ…と小さな音がする。
「おなか、空いてたよ!」
「でしょ?」
アイリスは荷物を手早くまとめ、クマを抱えてうきうきと立ち上がった。
「やっぱり、連れていくよね?」
「……? 行くよ?」
セドリックの肩をグレンが軽く叩いた。
「諦めろ。良い年してぬいぐるみ抱える痛い女の方が、ぬいぐるみ抱える男よりマシだ」
「はは…確かに」
二人の気まずい気持ちなどお構いなしにアイリスは扉に手を掛けた。
「外でごはんも初めて!」
セドリックとグレンは顔を見合わせて、それぞれ踏み出してアイリスの両脇に立った。
「宿の近場に美味しいお店があるらしいよ?」
「観光地でもあるしな。まぁ、楽しめ」
二人が肩に手を置くと、目を輝かせてアイリスが大きく頷いた。
「うん!!」
グレンとセドリックがアイリスを連れてやってきたのは、町でも人気の料理屋でレストランと言うほど気取ってはいないが、品数が豊富な店だった。
「いっぱいあるね?」
「全部美味しいって。アイリスは何が好き?」
セドリックがメニューを見せるとアイリスはキラキラした目で、それを見つめた。
「んー。神殿は毎日同じメニューしかなかったから、食べたことないものが沢山あって迷うね!」
「同じメニュー…しか?」
セドリックが僅かに眉を寄せたが、すぐに笑顔を張り付けた。
カミラも少しアイリスを見上げたが、何も言わない。
「甘いものは好きなんだろ?辛いもんは?しょっぱい味とか」
グレンがメニューを引き寄せ、料理を指さす。
「辛いものはあんまり食べたことないかも」
「じゃあ、この激辛とかいってみるか?」
アイリスが目を輝かせるのを慌ててカミラが腕を叩いて止める。
「バカ!やめておきなさい!!」
くつくつと笑うグレンに揶揄われたのだと気がつき、アイリスが頬を膨らませた。
「酷いよ!辛いの得意かもしれないじゃないですか!」
「悪い悪い。じゃあ、これはセドに頼ませて、おまえはこっちのオススメにしてみろよ」
「ちょ、俺、辛いもの得意じゃないんだけど!」
グレンは唇の端を持ち上げて目を細めた。
「お姫様が食ってみたいってさ。一口食わせてやれよ」
「おまえは悪魔なのかしら…」
「セドもちょいちょいムカつくから、たまに仕返しすることにしてんだよ」
二人の騎士の微妙な人間関係にカミラは呆れて、アイリスは笑った。
「無理しないで、セド。こっちのオススメも気になるもの」
「食べる…。グレンがムカつくから」
にっこり笑う目の奥に負けず嫌いが見え隠れして、アイリスはきょとんとその目を見つめた。
「仲良し!」
「そうかしら…?」
アイリスやカミラの反応などお構いなしに、グレンはさっさと自分の食べたいものを決めて、店員を捕まえて全員分をオーダーした。
「残さず食えよ?」
「当たり前だろ」
なんてことのない食堂で、心底どうでも良いいざこざが起きているその横から小さな男の子の大声が響いた。
「ずるい!お兄ちゃんのやつの方がいい!!」
母親が困ったようにもう一人の少年をみつめた。
「お兄ちゃん、取り替えて上げて?」
「嫌だ!なんでいつも僕ばっかり!」
よくある兄弟ゲンカだ。
カミラは興味を失いテーブルにまだ残されていたメニューに目を落とす。
セドリックとグレンも一度目を向けたが、騒動の原因を確認すると興味をなくして再びくだらない口喧嘩に戻る。
アイリスだけがおろおろと兄弟を見つめていた。




