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ここから第2章です。本日は2回更新です。
朝一番の空気が気持ちよく澄んでいる。
アイリスは用意された馬車に「よいしょ」と乗り込んだ。手を差し出した司祭のエスコートには全く気が付いていない。可哀想な司祭の手は宙に浮いたままになる。
サイファはそのことには敢えて触れず、馬車の中のアイリスに書簡を預ける。
「こちらを神殿の支部へ届けておくれ」
アイリスは大切そうに受け取り笑顔で頷いた。
「はい!アスコット村にある支部ですよね。任せてください」
「では、気を付けて行っておいで」
和やかな見送りは、それだけ見れば何の問題もないように見えた。まさか自分の待遇に不満を持った聖女が無理やりもぎ取った休暇だとは誰も思わないだろう。
だが、神殿の司祭達は誰もがアイリスの変貌を目にしている。
サイファが何事もないように振舞ったところでその違和感はぬぐい切れない。それでも、この朝のアイリスは司祭達が知っているいつものアイリスだった。
困惑する司祭達を置き去りにしたまま、グレンとセドリックが姿を表す。
「おはよう、アイリス」
「よう…」
「おはよう。セド、グレン」
馬車の窓から顔を出してアイリスが笑いかけた。膝の上には黒いクマのぬいぐるみがちょこんと座っている。
その様子を確認してから、二人の騎士はサイファに頭を下げる。
「それでは、出発いたします」
鷹揚にサイファが頷くのを受けて、ゆっくりと馬車を走らせはじめた。
小さくなっていく神殿を振り返り、アイリスが膝の上のカミラに話しかける。
「無事に出発できてよかったね?」
「足止め食う理由もないし、当然だわ」
ガタガタと揺れる馬車の上でカミラはアイリスの膝の上から馬車の座面に移動する。
「それにしても、神殿の馬車って随分揺れるのね。御者の腕が悪いのかしら?」
「ええー、乗り心地は良いほうだと思うけど?」
馬車の中からの失礼な会話にグレンの眉間にしわが寄る。
それをセドリックが苦笑しながら肩を叩いて宥める。
「ちっ…。あのクマ、いつか腹綿抜き出してやる」
「ぬいぐるみじゃなきゃ成立しない言い方するなよ…」
セドリックはチラリと馬車の中の様子を伺い、相変わらずのほほんとしたアイリスとヒステリックに何かを叫んでいるカミラを見比べた。
「まずは、アスコット村か。まあ、王都からは一番近い村だし妥当なところかな?」
「神殿巡りなら完全に監視から外れることもねぇしな。神殿としちゃ無難な選択だな」
「カミラ嬢はアイリスの職場環境改善が目的みたいだけど、これからどうするんだろうね?」
朝、神殿前に集合をかけられただけで、それ以外は何も知らされていない。
グレンは少しだけ考えるように口を噤んだが、すぐに息を吐きながら馬を走らせることに集中する。
「さぁな」
「まぁ、まずは適当なところで休憩しよう。確認はそこですれば良いしね」
二人の騎士が御者台でこれからのことを打ち合わせているとき、馬車の中でカミラがアイリスから神殿の情報を聞き出していた。
「つまり、聖力という魔力を持つ者は本部に居る者だけなのね?」
「うん。私を含めて今神殿に居るのは7人だよ」
「ふーん。結界の強化と治癒魔法以外は何ができるのよ?」
頷きながらも、カミラは首をかしげた。
「それだけだよ?」
「それだけ?攻撃魔法とか防御魔法とか無いの?」
「防御っぽいのは結界強化じゃないかな?」
カミラは少し考え込むように黙った。
魔法が限定的すぎる気がした。
だが、なにと比較して限定的だと感じたのか分からない。
(わたくし自身の知識と齟齬があるのかしら?)
「カミラ?」
黙り込んだカミラをアイリスが心配そうに覗き込んだ。
「馬車に酔っちゃった?」
「……ぬいぐるみが酔うわけ無いでしょう?」
的外れな心配にカミラががっくりとアイリスを見つめ返した。
「おまえ以外の聖女はどこで見つかったの?」
「みんな同じ村だよ?幼馴染みとか、学校の子とか」
「全員?」
アイリスはきょとんとして頷いた。
「大聖女様を補助する聖女はだいたい近くに住む、近しい人達なの」
「おまえは聖女ではないと言っていたじゃない?」
「ごめん、聖女って大聖女様のことだと思ってたの」
アイリスの眉が下がった。
叱られた犬のようだ。嘘を咎められると思ったのだろうか。
「怒ってないわよ」
カミラが息を吐く。
アイリスがどう思おうと、7人の聖女のうち一番力がある者が大聖女なのではないか。
少なくともカミラにはそう思えた。
だが、神殿での扱いを見る限り、サイファですらアイリスを大聖女とは思ってなかったようだ。
「神の声を聞いたことがないから…なのね?」
「どこかにいらっしゃると思うんだよね、大聖女様」
カミラはもう一度深く息を吐いた。
神殿はアイリスをいずれ現れる大聖女の繋ぎとでも思っているのだろうか。
信仰の構造が分からない以上、部外者の自分が違和感を指摘してもしょうがない。
「見つかるといいわね」
(大聖女が見つからないなんてことあるのかしら…)
カミラはアイリスの顔をまじまじと見つめた。そんなカミラの疑問など露ほども気にせず、アイリスが「そうだね!」と力強く頷いた。




