18 メンズ ナイト
ぱらり。
静かな部屋にサイファが紙を捲る音が響く。
チェス盤を挟んだ向かい側に座るのは、騎士団長のオルガ・トレイスト伯爵だ。
「大司祭であるサイファ殿が問題ないと仰るので、特に介入しておりませんでしたが、アレはどういうことですかな?」
「アレとは、聖女のことでしょうか?」
書類から目を離すことなく、逆にオルガに問い返す。
「ご自分の部下を神殿に潜り込ませたのですから、オルガ殿の方がお詳しいのでは?」
「人聞きの悪いことを…。我々は聖女の直々の依頼に従っただけです」
お互いに人の良い笑顔は絶やさない。
「聖女の機嫌を損ねて、結界を解かれては我々も困ります」
「そうでしょうね…」
盤上では勝負が拮抗している。ようやくサイファは書類から目を離すとクイーンを片手に眉を寄せた。
「扱いが難しくなった…」
それは手元で玩んでいる駒のことなのか、別の駒のことなのか。
一瞬の間をおいてオルガは息を吐いた。
「あれは誰も想定できないだろう…」
盤上の勝負は一度お預けとなる。
サイファは書類の束をひらひらとオルガの前で振った。
「それは?」
「聖女アイリスが作成した結界強化のマニュアルだ」
「ほう…?」
オルガの記憶にある黒髪の聖女がそのようなものを作成するとは到底思えない。
「そちらの報告では二重人格ということだったが?」
「私はアレはそういうものではない…全く別の人格だと考えているよ、オルガ」
チェスを中断したタイミングで、二人はお互いの仮面を外した。
「…こうして向かい合ってると学生の頃のようだな」
「懐かしいな」
サイファの呟きにオルガが応える。グラスの中の氷がカチンと音を立てた。
「…聖女の件だが、うちの騎士達もアレは聖女とは別の人格だと認識している」
「…このマニュアルは『アイリス』が作成したものだ。手間は掛かるが結界維持に問題はない」
「結界に影響がないなら騎士団はそれで十分だ」
聞きたいことは聞いた、とオルガはグラスを傾けた。
「聖女の扱いを誤っていたかもしれないな…」
「サイファは神を信じてないものな」
「オルガだって同じだろう」
二人は黙って酒を煽った。
「明日、聖女達は出発するそうだな?」
「ああ、神殿の支部を回ってもらうことにしたよ。お望みの結界の確認もできるからな」
「同行する騎士たちにも定期的に報告させる」
サイファがオルガに目を向けると、オルガは仕方なさそうに肩をすくめた。
「うちに影響のない範囲で協力してやるよ」
聖女とはなにか。
根本的に見直す必要があるようだ。
――その頃。
「今頃、オルガ様は大司祭様と腹の探り合いかなぁ」
セドリックが楽しそうに酒場の安い肉に齧りついた。貴公子らしからぬ態度にグレンがあきれたように目を半開きにするが、セドリックはどこ吹く風だ。
「楽しそうだな、おまえ…」
「楽しいよ。よっぽど想定外だったんだろうね、あのタヌキ達の焦った顔!」
「タヌキはおまえも変わらねぇだろ…」
空になったグラスを掲げて、追加をオーダーする。元気の良い声と共に代わりのグラスが二つ置かれていった。
「いやいや、アレに比べたら俺なんてバブちゃんみたいなもんよ?」
「バブちゃん、タチ悪ぃな」
上機嫌なセドリックにグレンが苦笑する。
「思った以上にアイリスはお人好しだったし、カミラは面白い子だったね?」
カミラの名前が出てグレンが渋い顔をする。
「面白いか、アレ。無駄に腹立つんだが」
「あははは。グレンも含めて面白い!」
笑い上戸のセドリックが、ひぃひぃ息を切らす。グレンが鼻にシワを寄せた。
第1章終了です。
明日から第2章になります。明日は朝と夜の2回公開いたします!




