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アイリスとセドリックを追い出した後、応接室に残されたグレンはクマを抱えて思案した。


どう考えても、自然な形でクマのぬいぐるみを抱えて移動する理由が思いつかない。

深くため息をついた。


「辛気臭いわね。さっさと移動しなさい」


「…どこにだよ」


「どこだっていいわよ。おまえの寝泊まりしている場所があるのではないの?」


グレンは真顔でクマを見つめた後、もう一度大きく息を吐いた。

諦めよう…。


クマを小脇に抱えて神殿の応接室を後にする。

可愛いぬいぐるみと不愛想な騎士を見比べ困惑する人々の視線を黙殺して、とっとと歩を進めた。


「お帰りですか?」


出口でサイファに捕まる。

グレンは少し頭を下げると、軽く返事をした。


「聖女は引継ぎ用の書類をお渡ししたら、すぐにでもこちらを出発するようですので、私も準備をしておこうと思います」


サイファはグレンの手元のクマに目を止めると、少し首を傾げた。

あのクマは黒もあったのか。…いや、元から黒かったのか?

しかし些細なことと切り捨てていたため、はっきりと思い出せない。


「それは君が預かったのかね?」


「…はい」


「そうか。聖女の私物だ。丁重に扱ってくれたまえ」


グレンは何も答えずに静かに頭を下げた。


そして振り返らずに門をくぐると、馬にまたがり素早く移動した。

あのまま大司祭と会話を続けていたら、余計なことまでしゃべりそうだ。


そういう雰囲気のある男だった。


考え事をしながら馬を走らせるグレンの耳にカミラの声が響いた。


「ちょっと!『丁重に』と言われたでしょうが、この無礼者!」


馬に乗るため荷袋に詰め込んだクマが文句を垂れてきた。

十分に神殿から距離も取ったので、グレンが渋々と袋の口を開く。


きゃんきゃんと騒ぎ立てるカミラに、青筋を立ててグレンが怒鳴りつけた。


「うるせぇな。俺がぬいぐるみを持ち歩いたら悪目立ちするんだよ!」


「ちょっとキモイ男だと思われるくらい我慢しなさい」


カミラはふふんと顎を上げてせせら笑う。

ぬいぐるみなので表情などないのだが、大変ムカつく仕草だ。


「できるか!てめぇの綿、全部引き抜くぞ」


グレンがまた荷袋の中にカミラを突っ込み、きつくその口を縛った。


「ちょっと、おまえ!!!」


騒がしいカミラを無視して、急いで宿舎の自室に戻る。壁の薄さは心もとないが、一応一人部屋だ。


人の目がなくなったところで、ようやくグレンは荷袋の口をあけてカミラを取り出した。


「本っっっ当に、無礼な男ね!!」


「お前がやかましいからだよ!ちょっとは黙れねぇのか!!」


袋から出てきた瞬間に騒ぎ出すカミラの頭をグレンが抑えつける。

カミラがきぃぃっとグレンを睨みつけた。


「はっ、ぬいぐるみが頑張ったって迫力ねぇよ」


グレンが鼻で笑ったのを受けて、ますますカミラがじたばたする。

しかし、ふと部屋を見回して少しだけ大人しくなった。


「おまえ、犬小屋で暮らしているの?…って、きゃあああ!!!」


心底憐れみを含んだ声色に、グレンがスッとカミラを持ち上げてぶん回した。


「ざまぁみろ、ばーか」


グルグルと目を回すカミラに舌を出す。


「お、おまえ!!!『社交界の至高の薔薇』と謳われたわたくしに、なんてことするの!このっ、無礼者が!!!」


フラフラしながらカミラが怒鳴りつけた。

グレンが少し首をかしげる。


「謳われてたのか…?」


「う…謳われていた、気がするわ…?」


二人は顔を見合わせた。

カミラという名で、おそらく貴族で、『社交界の至高の薔薇』という二つ名のある女。


「おまけに高飛車で傲慢でお人好し。…おまえ結構ヒントあるな?」


「…っな!!本当に無礼な男ね!?」


ぷりぷりと怒り狂うカミラを見てグレンは確信した。


(間違いなく神の使いじゃねぇな…)


こんなに落ち着きのない神の使いがいるなら、神の方に正気かと問い正したい。


もともとグレンはアイリスについては、疑ってはいなかった。

お人好しで、人とは違う力を持った少女。

それ以上でもそれ以下でもないだろう。


カミラの方はいまいち得体が知れないと思っていたが…。


「いや。こいつ、結構単純…」


「うるさいわね!お黙り!!!」


改めてカミラに向き合ってみる。

そして聞いた話をもう一度だけ反芻してみた。


何度考えてもやっぱり答えは同じだった。


「おまえも、お人好しってやつだ」


「おまえは無礼だわ!」


この短い期間で何度も繰り返されたやり取りだった。

グレンは皮肉っぽく口角を上げる。


「見知らぬ女が困ってて、放っておけないなんて口を出してくる奴は『お人好し』っていうんだよ。どこの誰だか知らねぇお嬢様」


「何なの、おまえは!!」


カミラもまた確信していた。

記憶はないけど、全ての記憶が戻ったとしてもこの男ほど腹の立つ男はいなかっただろう。そもそも、この自分に対してこれほどまで無礼な口を利くやつがいるわけがない。


「わたくしが何者かわかったら、おまえなんか絶対に不敬罪にしてやるわ!!」


「へぇへぇ。じゃあ、おまえが何者か分かるまでは、ただのクマとして扱ってやるよ」


全く悪びれもしない太々しい態度にカミラの血管(ぬいぐるみには無いが)が切れた。


「この、無礼者!!!!」


「うるせぇ、このクマ女!!」


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