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「そうと決まれば、さっさと行ってらっしゃい」
カミラに急かすよう追い出されたアイリスとセドリックは顔を見合わせて笑った。
「せっかくだし、アイリス嬢の行きたいカフェに行ってみようか?」
「はいっ!」
セドリックは嬉しそうなアイリスを連れて町に繰り出した。だが、少しも経たないうちに途方に暮れるアイリスを慰める羽目になり苦笑する。
「うん。外に出たこともカフェに行ったこともないんだもんね?しょうがないよ……ね?」
涙目のアイリスを覗き込んで、頭を撫でる。
「す、すいません。私が行きたいって言ったのに」
初めてのお出かけだ。
これまで遊びに出たこともないアイリスが、目的の店の場所を知っているはずもなく、今に至る。
セドリックは顎に手を当てて少し考えてから、そっとアイリスの手を取った。
「逆に言えば、どうしても行きたい場所があるわけじゃないんだよね?」
「え?あ、はい…」
たまたま耳にして羨ましいと思っただけだ。可愛いと聞いて憧れていたけど、そもそもどんな店なのかも知らない。
アイリスは申し訳なさそうに頷いた。
「それじゃあ、俺のお薦めのカフェはどう?美味しいパフェもあるよ?」
セドリックの申し出にアイリスの目が輝く。
「パフェ!?」
「うん。甘いものは好き?」
「はい!!」
可哀想なくらい落ち込んでたアイリスの、元気の良い返事にセドリックがほっと息を吐く。
「良かった。じゃあ、行こうか」
優しく笑ってアイリスの手を取ったまま歩き出した。
「あ、あの!?」
戸惑うアイリスの声に、セドリックが首をかしげた。
「ん?」
「あ、あの…手を…」
「あぁ、繋いでおこう?町に慣れてないなら迷子になりそうだし」
確実に子供だと思われた。
アイリスは恥ずかしさに顔を真っ赤にして俯いた。
「え? あぁ、ごめん、ごめん!あんまりアイリス嬢が可愛いから、俺が手を繋ぎたかったんだ!」
セドリックがいたずらっぽく笑う。
アイリスは目を瞬いて、つられて笑った。
「セドリック様は優しいですね」
「可愛いと思ったのは本当だよ?」
アイリスに恥をかかせないように気を遣ってくれた。バレバレで分かりやす過ぎるけど、『気遣われる』なんて、いつ以来だろう。
その暖かい思いやりがアイリスの気持ちを明るくさせた。
セドリックはアイリスの心境を敏感に察知して少し複雑そうな顔をしたが、そこには触れずに、別のことを口にした。
「ところでさ、俺のことはセドって呼んでくれない?俺もアイリスって呼ぶから」
アイリスがあんぐりとする。
何を言っているのか。
「セドリック様、お貴族様でしょ!?しかも騎士様だし!そんなこと出来ないよ!」
「ええー?でもグレンにもそう呼んでもらってるんだよね」
慌てて遠慮するアイリスにセドリックはお願いと手を合わせた。
上目使いに覗き込まれて息をのむ。
「お、今度はちょっとドキドキした?」
「し、してません!!」
(この人、ちょっと意地悪かも!)
優しかったり意地悪だったり忙しい人だ。
アイリスがちょっと恨めしそうな顔をする。
「ごめんって。でも真面目な話、これから護衛するんだとしたらあんまり貴族っぽくしない方がいいと思うんだよね?」
必要時以外は平民として紛れていた方が何かと便利だという事らしい。
「分かったよ。でも…呼ぶのは構わないけど」
少し戸惑いがちにアイリスが口ごもる。
セドリックは首をかしげて先を促した。
「セドって見た目から王子様みたいだし、平民ぽくって無理じゃないかなぁ…」
「わぁ、凄い褒められた。もしかして俺の顔タイプ?」
「そ、そういうんじゃありませんけど!」
やっぱりこの人、苦手かも。
アイリスは生まれて初めて、「悪い人じゃないけど苦手な人」というカテゴリーの人間に遭遇して強く声を上げた。それが思いの外、大きく響いて自分に驚く。
「あ、ごめんなさい!」
他人に対して大声を出したことがなかったアイリスは慌てて頭を下げる。
セドリックはますます面白そうに目を細めた。
「女の子の可愛い照れ隠しを怒ったりしないから、大丈夫だよ?」
再びアイリスの手を取って、歩き出した。
目的のカフェに向かうつもりらしい。
手を握られたアイリスは揶揄われたことを怒っているのか、恥ずかしいのか自分でも分からなくなり、熱を持った頬を持て余す。
「せ、セドはカミラにも同じことを言うの?」
「カミラ…か。彼女とは随分仲が良いんだね?」
自分の感情に手いっぱいなアイリスは、セドリックの声が少し低くなったことに気が付かない。ただ、嬉しそうに頷いた。
「うん。会ったばっかりだけどすごく大切な友達なの!」
「友達…なの?」
「そうよ、カミラもそう言ってくれたの!」
カミラが以前当てつけのように大司祭に言ったセリフ。
『たった一人の味方なの』
それがどれだけアイリスにとってうれしい言葉だったか、カミラ自身も知らないだろう。
初めて出来た友達。それがアイリスにとってのカミラだった。
「前にも言ったよね?私が本当に困ってた時、カミラが助けてくれたの」
ただ、見かねたという理由で助けてくれたカミラ。
その後も見返りも求めず、アイリスのために動いてくれるカミラ。
セドリックはその様子を静かな眼差しで観察した。
「ちょっと…依存気味、か…?」
小さな声で漏れた言葉はアイリスの耳には入らなかった。
セドリックは少し考えて、結論は保留にした。
アイリスそのものは「善人」だ。
今はそれだけを、自分の頭に書き付けた。
「カミラ嬢は俺を受け入れてくれるかなぁ?あっちは手強そうだけど…」
切り替えるようにアイリスに尋ねると、アイリスはいつものように目をぱちぱちと瞬いて花のように笑った。
「大丈夫だよ、カミラも優しいもの!」
「うわぁ、難しそう…」
全く安心できない太鼓判にセドリックが苦笑した。
何はともあれ、今はアイリスの「自由への第一歩」のお祝いだ。
そのことを思い出して、もう一度セドリックはアイリスの手を握り直した。
「もう少しで到着するよ。季節のパフェが美味しいんだって」
「季節のパフェ!!」
「うん、今は『彩りベリー』じゃないかな?」
聞いたことのない素敵な響きに、アイリスは胸を躍らせた。




