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アイリスはセドリックを連れてバルコニーに出た。
ヴァリエール邸に到着した時に見えていた夕焼け空は、気付けば星空に変わっていた。
少し冷えた風が頬を撫でる。
気持ちよさそうに目を細めるセドリックにアイリスはそっと手をかざした。
淡く白い光が優しくセドリックを包み込む。…そして、すぅっと消えていく。
セドリックの甘すぎた目が涼やかさを取り戻し、すっきりと澄んだ眼差しがアイリスに向けられた。
「相変わらず便利だね、すごいすっきりしてる…」
「ふふ。私利私欲でこの力を使うのは二回目だよ」
アイリスがドヤっと胸を張る。
セドリックが喉の奥で笑った。
「でも、飲み過ぎはよくないよ?」
アイリスに言われたくないが、アイリスが全く酔っていない以上、そう言い返すこともできずセドリックは両手を上げて降参の意を示した。
「ごめん、ごめん。分かったよ」
「まあ、お兄さんたちがあれだけ勧めてきたら断れないか…」
どうやら大目に見てくれるようだ。
セドリックはバルコニーから見える空を見上げて、大きく息を吸った。
吸い込んだ爽涼な空気が心地よかった。
満天の星が二人を見守っているようで、窓を隔てた賑やかな部屋とはまるで違う空間のようだった。
「あのね…」
星空に背中を押されるようにアイリスが切り出した。
セドリックは黙ってアイリスを見つめた。
きっと何を言いたいのか察してくれている。
アイリスの気持ちが固まるまで待ってくれている。
セドリックのこういう気遣いは、いつだってアイリスを守ってくれていた。
(セドはいつも私の気持ちを待っていてくれるんだな)
アイリスは改めてそのことに気が付くと、ふわっと笑った。
セドリックが待っていてくれると分かっただけで、強張っていた体の力が抜けていく。
「あのね…」
「うん」
もう一度、切り出したアイリスにセドリックは静かに頷いた。
「私、セドリックが好きだよ」
神事の前にセドリックから伝えられた思いへの返事を、静かに返した。
セドリックは少し間をおいて、そっとその腕を伸ばした。
そのままキュッとアイリスを引き寄せる。
アイリスはセドリックの背中に恐る恐る手を回しながら、セドリックからの言葉を待った。
セドリックの腕の力が少し強くなる。
「…良かった」
ため息のような、掠れた甘い声だった。
アイリスがセドリックに回した腕に力を込める。
「セドでも緊張するんだね?」
「するよ…。良かった、嬉しい」
セドリックはアイリスに回した手を少し緩めて、その顔を覗き込んだ。
酒の酔いは聖女の力ですっかり覚ましたはずなのに、その目の甘さはこれまでの比じゃないくらいトロリとしている。
その甘さに堪えきれずアイリスが目を伏せた。
伏せた目にセドリックの唇が触れた。
ピクっとアイリスの肩が震えた。
恐る恐る目を開けると、これ以上ないくらい嬉しそうな顔のセドリックが、いたずらっぽい顔でアイリスを見つめていた。
「もう…っ、揶揄わないで…」
アイリスが絞り出した声はか細い。
嫌なんじゃない。恥ずかしいのだ。
それに気が付いて、セドリックはまた口元を抑えて横を向いた。
震える肩をアイリスが手で叩く。
甘くて、穏やかな時間を星の輝きだけが見ていた。
「…とでも、思ってそうだけどそんなわけにはいかないわよね」
「私たちだけは見届けさせてもらったわ」
カミラとメリッサは窓際からそっと移動すると、二人でテーブルから少し離れたところに置かれたソファーに腰を下ろした。
こんな出羽亀なのに侯爵夫人と侯爵令嬢なのだ。
アイリスに潰される勢いで飲まされたヴァージルとアルノーとリュカの面倒を見ながらグレンはため息をついた。
早く戻ってきてくれと思うものの、状況を考えるとセドリックに期待はできない。
というか、夫人とカミラに覗き見されていたなんて気が付かれたら、止めなかった自分が理不尽に叱られそうで、それも考えたくない。
部屋の入り口ですまし顔の執事と目が合った。
(俺も、あっち側に居てぇな…)
何となく恨めしそうな目を向けると、執事が主たちの面倒をせっせと見てくれる客人に、敬意をもって頭を下げてきた。
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