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メリッサ・ド・ヴァリエールは、息子のセドリックから連絡があったという報告を受けて、その手をパチンと鳴らして喜んだ。
「あの子ったら全然帰ってこないんですもの、本当に久しぶりだわ!」
頭を下げる執事に向かって軽やかに同意を求めた。子どもたちが小さな頃から勤めている執事はモノクルの向こうの目元を緩ませて頷く。
「実に二百八十七日ぶりですな」
「まぁ、もうそんなに経つのね?」
「さようでございますね」
執事が正確にその期間を諳んじる。
よく聞けば、それは一年も経っていないと分かるのだが、生憎二人を止める者がいない。
まるで十数年も音沙汰がないような空気を出したまま話が進んでしまう。
「あぁ、そういえば、お坊っちゃまは先頃、家名をお使いになって大変趣味の良いネックレスをお求めになっておりますよ」
「ええ、聞いているわ。あの子にしては珍しく、かなり強行突破をしたそうじゃない!」
家の名を使って宝石商を脅すように、ネックレスを求めたことに対して、咎めるような様子は全くない。
むしろ、家を頼ってくれたのが嬉しいような素振りだった。
「最近は殊更ヴァリエールの名や資産を使うことを嫌われますしね」
「反抗期かしら?」
「もうそのくらいにしてやりなさい」
おっとりと手を当てて首をかしげるメリッサと執事のやり取りをのんびり眺めていたヴァリエール家の当主ヴァージルが苦笑しながら制した。
そして浮かれる妻を静かに宥める。
「おまえ達がいつまでも子ども扱いするから、あの子はうちに寄り付かないんだ」
やれやれと肩をすくめるヴァージルは、その逞しく太い腕を執事に伸ばすと、セドリックが購入したというネックレスの明細書を受け取った。
線の細い夫人の隣にいると、まるで大岩のような体躯だ。
その鍛えられた体はいかにも無骨だが、目には知的な光が溢れている。
「エルダリアの考える筋肉」という、謎の二つ名を持つ、国王陛下からの信頼も厚い男だ。
「…セドリックが女性にプレゼントとは、珍しいですね?」
ソファーに腰を下ろすヴァージルの向かいには、ヴァージルに劣らぬ立派な体躯の男たちが二人、やはりゆったりと腰を下ろしていた。
ヴァリエール侯爵家の次期当主であるアルノーと次男のリュカだ。
アルノーの問いかけにリュカが笑いながら応じた。
「神殿の大聖女へのプレゼントらしいですよ、アルノー兄さん」
「というと、セドの意中の方は大聖女様なのか?」
「さぁ、そこまでは…」
アルノーが前のめりに詰め寄ってくるのを、リュカはぐっと押し返す。
兄の暑苦しい体は、それだけで圧迫感があるのだ。
(セドは兄弟の中で、自分だけ線が細いことを気にしていたが、アルノー兄さんみたいなのが弟なんて冗談じゃない)
自分の筋肉のことを棚に上げて、リュカは息を吐いた。そして体つきが華奢だと嘆く弟を思い出しながら眼鏡を押し上げた。
「まぁ、国境の検問所でもヴァリエールの名を使ったようだから、それなりに気にはなっているんじゃないかな?」
「その大聖女のためにか?」
今度はヴァージルがそわそわとリュカの情報に食いついた。
メリッサも落ち着きなくティーカップを上げたり下げたりと忙しい。
筋肉質で体の大きな男が三人、ゆったりと寛げるだけの大きさを誇るヴァリエール邸の談話室で、一家は今か今かと末っ子の帰りを待っていた。
やがて、少し落ち着きを取り戻したヴァージルが、コホンとひとつ咳払いをする。
「まぁ、それはともかく。おまえ達も落ち着きなさい。大体、全員で構い倒すから…」
威厳のある父の言葉に息子達は肩をすくめる。一番構い倒して嫌がられているのは、この父だ。
コンコン。
談話室の扉が叩かれ、使用人の一人が執事に耳打ちをした。
執事が静かに頷くと、主達に向かって恭しく頭を下げた。
「お坊っちゃまとお客様が応接室にお揃いになりました」
「まぁ、そうなのね!」
その報告を聞くと、メリッサは待ちきれないとばかりに、軽やかに部屋を飛び出した。
「こら、待ちなさい!落ち着きなさいというのに…」
ヴァージルが止めるのも間に合わず、メリッサは応接室の扉を勢いよく開けた。
「お帰りなさい、セド!」
そして、室内にいる可愛い末っ子と、年頃のお嬢さん達二人を見て、ばぁっと顔を輝かせた。
ラストスパートです。本日は5回更新します。
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