【097】草原を駆けるマザランの覚悟
ゼインたち七名と、アリステア率いる二百騎は、それぞれ馬に跨がり、リューベックを発った。
一日でも早くアラモへ到着し、アンドラ公国に備える時間を与えない。
その必要性を全員が理解していた。
道中、アリステアはマザランが馬を操る様子を眺めながら、ゼインの隣へ馬を寄せた。
「マザラン殿も、かなり馬を操れるようですね」
「ルグルスの大森林では騎馬を使い、一撃離脱をよくやっていた。
仲間たちにも、俺が直接馬の操り方を教えた」
「馬を走らせながらの乗り替えもですか?」
「そこまで長距離を移動することはなかったから、教えていない。今回はやるのか?」
「するつもりはありませんでしたが、予備の馬も用意してあります。
やりましょう。皆さまの様子を見ていると、きっとできます」
「わかった。頼む」
アリステアは、ゼインの後方を走るフォルタンを呼び寄せた。
「フォルタン、移動しながら馬を乗り替えよう。
皆さまにやり方を教えてほしい。思った以上に馬に慣れておられる」
指示を受けたフォルタンは後方へ下がった。
草原の民の一人と共に、ゼインたちへ走りながら馬を乗り替える方法を実演してみせた。
ゼインは馬を乗り替える訓練の様子を見ながら言った。
「マザラン辺りは苦労しそうだが、他の奴らはそれほど苦もなくできるようになるだろう」
アリステアは笑みを浮かべて問いかけた。
「しかし、マザラン殿は必要な人間なのでしょう」
「他の誰よりも物事を考えている。
俺よりも断然上だ。
アリステアも同じように感じたんじゃねぇか?」
「そうですね。こちらの考えを先回りして読める人だと思いましたよ」
「だろう、俺の自慢だ。
先ほど、フォルタンを俺の護衛につけると言っていたが、あいつ自身は納得しているのか?
この二百騎を見ていると、本当に四千騎の中から精鋭を選んできたように見えるぞ」
「ええ、今朝、最後の確認をして、フォルタンには納得してもらいました。
彼はサイサリス公国再興後も、我々と一緒に行動してくれると言っていましたよ」
「ありがてぇ。アリステア、お前もあいつに気に入られたのか」
「はい、自慢の仲間です」
そこへ、後方からフォルタンが駆け上がってきた。
「アリステア様、ゼイン殿のお仲間は、皆さま駆けながら別の馬へ乗り替えることができました。
覚えが良くて驚きました」
その報告に、ゼインは誇らしげな顔をアリステアに向けた。
そんなゼインを横目に見たアリステアは、フォルタンへ声を掛けた。
「ご苦労だった。しかしマザラン殿は、まだ少し馬に乗せられているようだな。
最初の二日ほどは様子を見て、あまり速度を上げずに移動しよう」
初日の行程を終え、皆が野営の準備を始める中、マザランは地面に座り込んだまま動けなくなっていた。
ゼインは近寄ると、短く声を掛けた。
「明日も移動が続く。
すぐに横になっておけ。
食事が取れなくても、これだけは飲んでおけ」
マザランは返事もできない様子だったが、ゼインから差し出された、野菜と肉を煮込んだ温かな汁を口にした。
そこへエイナルが近寄ってきた。
「後は俺がしておく」
そう告げると、立ち上がれないマザランを軽々と担ぎ上げ、天幕へと運んでいった。
ゼインはエイナルにも同じ汁を手渡し、そのまま休むように言った。
「初日はこんなものか?」
その様子を見ていたアリステアが、笑みを浮かべて答えた。
「ゼインの仲間たちは、マザランを含めて根を上げずによくついてきたと思います。
ゼインは平気なのですか?」
「何を言っている。
俺だぜ。これしきのことで疲れるわけがない。
アリステア、お前もそうだろう」
「そうですね。私ももちろん大丈夫です。
しかし、皆さんは明日も大変そうですね。
明日はもう少し休憩を挟みながら移動しますか?」
「そうだな。様子を見て考えよう。
身体が慣れれば動けるようになるはずだが、無理をさせる必要もない。
ビアトリクスもかなり疲れていたな」
「わかりました」
翌朝、まだ空が暗いうちにビアトリクスは、横で寝ているセミラミスとブーディカを起こさぬよう、ゆっくりと身体を起こして天幕の外へ出た。
身体の節々が痛む。
昨日はほとんど一日中、馬に乗って移動していたのだ。
今日も昨日のような移動になるのだろうか。
生まれて初めて、馬を駆けながら別の馬へ乗り替えた。
そもそも、そんな発想すらなかった。
これまで聞いたこともない移動方法だったが、これほどの速さで長距離を移動できることに、驚きを隠せなかった。
草原の民だからこそ生まれた技術なのかもしれないと感じた。
天幕の外で身体をほぐしていたビアトリクスに、近づく人影があった。
ゼインである。
「ビアトリクス、身体の様子はどうだ」
「さすがにきついわね。
今まで使っていなかった筋肉まで使っているみたい。
身体中が痛いわ。あなたは何ともないの?」
「まったく何もないというわけではないが、しばらくすれば普段通り動けるようになるだろう。
今日も昨日の続きだ。
どうしても無理なら言ってくれ。速度を落として移動する」
「私は大丈夫。
この移動がサイサリス公国再興に繋がるのであれば、これくらい我慢できるわ。
それよりもマザランの様子が心配だったわ。今日は大丈夫かしら?」
ゼインは、ビアトリクスの気丈さを気に入った。
草原の民も半数以上が起き、出発の準備を始めていた。
一方、ゼインの仲間で天幕から出てきているのは、ビアトリクス一人だけだった。
背負っているものの違いか、とゼインは思った。
「俺はマザランの様子を見てくる。あんたはセミラミスたちの様子を見てくれるか」
そう言ってゼインは、マザランたちが寝ている天幕へ向かった。
「ゼインだ。入るぞ」
天幕に入ると、エルヴィスとエイナル、マザランが横になっていた。
ゼインの声を聞き、エルヴィスとエイナルが起き上がった。
エルヴィスが口を開いた。
「さすがに昨日はきつかったぜ。
それにしても、とんでもない移動の仕方だな。
馬を走らせながら乗り替えるなんて思いもしなかった。
まさか、替え馬をこんなふうに使うとはな」
ゼインが答えた。
「草原の民は、まだ本来の速さで移動していないぜ。
お前たちが慣れれば、もう少し速度を上げるつもりだ。
覚悟しておけよ」
エルヴィスとエイナルは、信じられないという顔を見合わせた。
「草原の民にできて、俺にできないはずがない。
この数日で何とかしてみせるよ。
しかし、マザランは難しいかもしれんな」
三人の話を、マザランは横になったまま聞いていた。
そして、はっきりと言った。
「今日も皆さんについていきます。足手まといにはなりません」
ゼインは頷き、言葉を返した。
「よく言った。無理な時はいつでも言え。
途中で休むこともできるし、護衛をつけて後から追いつくのもありだ。
起き上がれるようになってから準備すればいい。
エルヴィスもエイナルも、出発まで時間はある。身体を休めておけ」
天幕を出ると、アリステアとフォルタンが待っていた。
「ゼイン、皆さんの様子はどうでしたか?」
「エルヴィスとエイナルは今日も大丈夫だろう。
だが、マザランはまだ身体を起こすのも辛そうだ。もうしばらく休ませた方がいいだろう」
「マザラン殿も、このまま同行するのですか?」
「ああ。本人がやりたがっているからな。
目にはまだ力があった。
何か思うところがあるんだろう。何としてもついてくるつもりだ」
「そうであるならば、我々は何も言わず見守りましょう」
ゼインは、アリステアの後ろに立つフォルタンに向き直った。
「すまんが、今日一日マザランと並走してやってくれ。
どうしても無理そうな場合は知らせてほしい」
フォルタンは、無言で力強く頷いた。




