【096】アリステアとマザラン、強行軍の覚悟
ビアトリクスの代わりに、マザランがアリステアの問いに答えた。
「食料に関しては、王都サボーナにいた時に、モーゼル殿へ手紙で依頼しておきました。
住居についてですが、草原の民は、持ち運び可能な住居を携えて移動すると聞いています。
今回はお持ちではないのでしょうか」
「マザラン殿は草原の民についてお詳しいですね。
おっしゃる通り、彼らには持ち運び可能な住居があります。
しかし、草原西部の部族が我々を狙う可能性も否定できません。
場合によっては、我々を追ってアラモまで攻め寄せることも考えられます。
ですので、念のため城壁に守られたアラモの中に住まわせていただけるのであれば、ぜひお願いしたいと思っております」
アリステアの話を聞き、ビアトリクスは頷いた。
「アリステア殿、承りました。
すべてを準備できるかは分かりませんが、四千騎という強力な援軍を頂戴しているので、できる限りのことはさせていただきます」
「ビアトリクス様、よろしくお願いいたします。
それと、今後のことについてお話ししておきたいと思います。
現在、兵力として数えている草原の民四千騎ですが、サイサリス公国の再興までは共に戦うことができます。
しかし、引き連れている草原の民すべてが、草原を離れることを望んでいるわけではありません。
サイサリス公国の再興後は、公国に残る者と草原へ戻る者に分かれることになると思います。
四千騎についても、そのまますべてが公国に残るわけではありませんので、そのことは頭に置いておいてください」
アリステアの話を聞いたマザランが、静かに口を開いた。
「なるほど。草原の民が生まれ育った環境を変えることは容易ではないでしょうから、そのように考えるのも至極当然だと思います。
サイサリス公国の再興までお手伝いいただけることは、非常にありがたいです。
ですが、サイサリス公国の再興とは、何をもって再興と考えておられるのですか。
かつてのサイサリス公都を奪還しただけで再興と言うのは、少々早すぎる気がします。
旧領を回復し、アンドラ公国との戦の結果が見えた段階をもって、サイサリス公国の再興とするのはいかがでしょうか」
アリステアは、マザランの指摘が嬉しかった。
曖昧なままにしておくよりも、時期を明確にした方が、互いの認識にずれが生じないからだ。
草原の民に説明する上でも、明確な基準を示せるマザランの提案は受け入れやすかった。
「そうですね。
サイサリス公国の再興を、アンドラ公国との戦の結果が見えた時とした場合、相手があることですので、その時期がいつになるのか読めません。
サイサリス公国の旧領を回復した時をもって再興とする、ということでよろしいでしょうか。
全員が草原に戻りたいと言っているわけではありませんので、その時に全員が草原へ戻ることもないでしょう。
戻りたい者には褒美を与え、草原へ戻ってもらっても良いかと思います」
「時期を明確にしておけば、お互いの認識にずれは生じないと思います。
旧領回復ということで決めておきましょう。
話は戻りますが、アリステア殿と敵対している部族、もしくはキール将軍が守るアラモに攻め込んでくる他の部族はありますか。
また、その場合はどの程度の戦力を想定されていますか」
アリステアは、マザランの問いに答えるうちに、自分の考えや現在の状況を順序立てて話せていることに気付いた。
マザランが、あえて自分が説明しやすいように話を導いてくれているのだ。
「草原は広く、大きく分けて、西部、中央、東部の三つになります。
その中で、サイサリス公国に攻め込んでいたのは西部の部族です。
今回は私が取りまとめた草原中央の七つの部族がアラモへ向かいますので、それを警戒した西部の部族がアラモへ攻め込んでくる可能性はあります。
しかし、その可能性は限りなく低いと思います。
攻め込んでくる場合は、複数の部族が連携することが予想されますので、二千騎ほどになるでしょう」
「二千騎ですか。
それに対する備えを、アラモで行う必要がありますね。
本来ならアラモに兵力を残さず、全軍でアンドラ公国が占領しているサイサリス公都へ向かうことができれば良かったのですが、今の話を聞く限りでは難しいようですね。
いずれにせよ、キール将軍が守るアラモに向かう道中で、対策を考えるとしましょう」
アリステアは、マザランが思った以上に理解を示してくれたことに、非常に安心した。
アリステアが率いる草原の民全員が、サイサリス公国の再興に手を貸したいと思っているわけではなかったからである。
むしろ、アリステアの指揮のもとで草原を統一したいと考える者も多かった。
彼らがサイサリス公国の再興に力を貸すためには、まずアラモで家族の安全が保障される必要があった。
ゼインと草原の民を比べることはできない。
それでもアリステア自身は、ゼインと共にありたいと願っていた。
若き王と呼ばれようとも、アリステア自身に王となるつもりはない。
自分には、付き従うと決めた人間がいるからだ。
その人間こそ、ゼインだった。
アリステアにとっての王とは、ゼインただ一人なのである。
考え込んでいたアリステアに、ゼインが声をかけた。
「アリステア、リューベックからキール将軍が守るアラモに到着するのに、どれほどの日数がかかる?」
「そうですね。通常の移動速度であれば、二十日ほどです」
「通常で二十日か。それで、俺たちとこの二百騎なら、どれほどの日数で到着できる?」
「私が連れてきた二百騎は、四千騎の中でも精鋭ぞろいです。
皆さまから遅れることはあり得ません。
我々草原の民だけであれば、余裕を見ても十五日ほどで到着できます。
あとは、皆さまがどれほどの速さで移動できるかですね」
「そうなると、マザラン。お前がどれだけ頑張れるかにかかっているぞ」
呼ばれたマザランは、げんなりとした顔で答えた。
「なかなかの体力勝負になりそうですね。
先日のような強行軍が、この先何日も続くとなると、先が思いやられます。
しかし、この先はアンドラ公国の動きもありますので、時間との勝負になります。
私は、しがみついてでもやります」
マザランの様子を見たブーディカが言った。
「今回は替え馬を準備しての強行軍だ。
私でもやれるかどうか不安だな」
「ブーディカ、あなたがそんな不安なことを言わないでください。
始まる前から不安しか感じませんよ」
「まぁ最悪の場合は、草原の民の護衛をつけて、後からゆっくり来ればいい。
お前の仕事は、この強行軍についてくることではない。
キール将軍が守るアラモに着いてから始まるからな」
「ゼイン、私は必ずついていきます。
ビアトリクス様がアラモに到着すれば、すぐに事態は動き出します。
その時に自分がいないことの方が、よほど辛いです」
「マザラン、その覚悟だ。草原の民の馬は賢いと聞く。
馬を信頼して、身を預けてみることだ」
アリステアは、マザランの対応に好感を持った。
マザランと話していると、こちらが話したいことを分かっているかのように、問いを投げかけてくる。
それでいて、頭の回転の良さをひけらかすようなところもない。
軍略家ブランドンの弟子というからには、戦にも明るいのだろう。
折を見て、四千騎を使った戦い方について、意見を聞いてみたいと思った。




