【091】草原の王アリステアとの合流を目指して
ゼインはレニーに別れを告げ、王都サボーナのサイラス商会へ戻ってきた。
すでに他の皆は出立の準備を整えていた。
「皆、待たせたな。出発しよう」
エルヴィスが問いかける。
「この前の爺さんの孫とは、きちんと別れができたのか?」
「ああ、この短い期間で、これほど情が湧くとは思わなかった。
初めは暇つぶし程度と考えていたが、今では俺にとって必要な出会いだったとしか思えない。
それに、あの爺さんは途中から俺がルグルスの大森林のゼインだと気づいていた」
「それじゃあ何だ?
ルグルスの大森林のゼインと知っていて、孫の面倒を見させていたのか。
物好きな爺さんだな。それで、俺たちが捕らわれるようなことはないんだろうな」
「ああ、あちらにも事情がある。その心配はない。それに必ずまた来ると約束してきた」
「物好きは、爺さんだけじゃなく、ゼインもか」
エルヴィスは、ゼインに言っても仕方がないという仕草で、「それがお前の良いところだよ」と言った。
ゼインは気持ちを切り替える。
「ビアトリクス、待たせたな。
待っていた手紙も到着して、思っていた以上の援軍を得られそうだ。
今後の流れについては、王都サボーナを南へ下り、草原の境目にあるリューベックまでの道中で話し合おう」
ビアトリクスは、王都サボーナでの平穏な日々が終わりを告げ、自らの公国を取り戻す戦いが再開されることを確信した。
王都サボーナを出発してから、すでに十日が過ぎていた。
街道は整備が行き届き、人通りも多い。
その様子を眺めながら、マザランが口を開いた。
「思っていた以上に人通りがありますね。
荷物から見ても、王都サボーナへ向かう者が多いようです。
物資はウルク王朝が誇るドゥブロヴニク港から草原を経て王都サボーナへ運ばれているのでしょう。
これほど物流が盛んなら、ウルク王朝もティモール王朝も、草原の治安は非常に良いはずです。
治安が良く、安定した物流を管理できるということは、ティモール王朝を操るトリポリ公爵は非常に優れた統治をしていますね」
マザランの言葉に、セミラミスが応じた。
「確かに、野盗や盗賊が頻繁に出るようでは、これほど軽装の商人を多く見ることはできませんね。
草原に関しては、ゼインの友人であるアリステアという若い王がまとめているからでしょうか」
マザランはうなずきつつ答える。
「私も草原の事情に詳しいわけではありませんが、街道を通る商人は、ティモール王朝で取引する前に草原でも商いをしている可能性が高いでしょう。そうでなければ、七つの部族を養うことは不可能です」
ゼインがその言葉を引き継ぐ。
「そうだな。七つの部族を統一し、ティモール王朝やウルク王朝と定期的に取引をしているはずだ。
七つの部族ともなれば相当な人数だろう。草原でこれだけの大人数が移動すれば食糧難は避けられない。だが若き草原の王と呼ばれるからには、きちんと養っているのだろう。
まぁリューベックで本人に確認すればわかる」
ゼインは周囲を見渡し、
「そろそろ陽も暮れる。野営にしよう」
と告げて街道を離れた。簡単な夕食をとった後、ゼインは皆を集める。
マザランが改めて口を開いた。
「あと数日でリューベックに到着します。
ゼインの友人で草原の若き王、アリステア殿とお会いすることになります。
そもそも今回の目的は、ビアトリクス様を旧サイサリス公国領へお連れすることではありません。
サイサリス公国の再興です。
そのために、現在の状況と今後の展開について確認しておきたいと思います。
ビアトリクス様、よろしいですね」
ビアトリクスは小さく頷いた。
「アンドラ公国を離れて、すでに一か月以上が経過しています。
最後にモーゼル殿から頂戴した手紙によれば、ルグルスの大森林付近で我々を追っていた部隊も、すでに帰還したとのことです。
つまり、我々がティモール王朝方面へ逃れたことはアンドラ公国に察知され、足取りも掴まれているのでしょう。
ゆえに、こちらが草原を越えてキール将軍の守るアラモを目指していることも、容易に想像できるはずです。
だからこそ、一刻も早くビアトリクス様をアラモへお連れしなければなりません」
マザランがそう言ってビアトリクスに視線を向けると、皆の目も彼女へ集まった。
「その通りです。私たちのことは王都サボーナからキール将軍に書状を送り、すでに返信もいただいています。
そこには「早急にアラモに来てほしい」と記されていて、私たちの到着を心待ちにしていると書かれていたわ」
マザランは頷き、続けた。
「そういうことですので、この先は急がねばなりません。
ティモール王朝を操るトリポリ公爵はアンドラ公国と友好的な関係にあります。
アンドラ公国から連絡を受ければ、追手を差し向ける可能性があります。
とはいえ、その追手が我々に迫るのは、リューベックに到着する頃か、その直前になるでしょう。
ですから、今すぐ捕まる心配はありません。
しかし、居場所を確認された時点でトリポリ公爵はアンドラ公国に連絡し、アンドラ公国は早急に動くはずです。これこそが、我々が急がなければならない理由です」
マザランが話を一旦区切り、皆を見渡すと、一様に頷きが返ってきた。
その中で、ブーディカが口を開く。
「確かに、マザランの話を聞いていると、ゆっくりしてはいられないね。
予想が外れるとは思わないけど、こちらはこの人数だし、ビアトリクス様を守る必要がある。
逃げながら守るとなれば、どうしても分が悪いわ」
マザランは静かに頷く。
「その通りです。逃げること、守ること、戦うことを同時に行う事態は避けなければなりません。
今回はリューベックに到着さえすれば、アリステア殿と合流できますから、何とでもなるはずです。
それに、トリポリ公爵の追手が数百名規模になるとは考えられません。
多くても三十騎程度でしょう。
いずれにせよ、キール将軍が守るアラモまで急ぐ必要があることに変わりはありません」
その話を聞いていたエルヴィスが口を挟む。
「ティモール王朝の王都サボーナを離れて十日だ。
人通りはあるが、俺たちを捕まえるための連中じゃないんだろう?
なら、多少目立ってもいい。
明日からは本気で馬を駆けてもいいんじゃねぇか?
この面子なら、残りの六日程度の強行軍でも脱落する奴はいないだろう」
ゼインが立ち上がって
「リューベックまで六日程だ、今晩はゆっくり寝て残り四日で行こうか」
翌朝から、ゼイン一行はリューベックまで強行軍で駆け抜けることになった。
しかし、誰一人として不服そうな顔も、辛そうな表情も見せない。
リューベック到着後も、キール将軍が守るアラモまで急がねばならない。
追われる立場とも言えたが、ゼインたちはそうは考えなかった。




