【090】レニー王、ゼインに宝剣を託す
「レニー、こいつはすごい。これはどうしたんだ」
「父から譲り受けた物です。父も祖父も曾祖父も使う機会がなかったと聞いています。
私が大切に保管しておくより、ゼインにこそ似合うと思ったのでお持ちしました」
「これは、俺には手に余る長剣だ。
さすがに受け取れない。
高価な長剣は色々見てきたが、これは俺の知る価値をはるかに上回るだろう。
どれほどの価値があるのか、俺には想像できない」
そう言って長剣を鞘に納め、レニーに返した。
「ゼイン、この長剣は、次回ゼインが僕を迎えに来る時までお貸しします。
父も祖父も使う機会がなく、今のところ僕にも使用予定がありません。
本来の目的からすれば、ここにあるよりゼインが持ち歩き使う方が良いと思っています。
これまでの二十日間のお礼と、次に僕を迎えに来てくれる時のためと考えて、預かってもらえませんか」
もう一度、長剣を手に取ったゼインは口を開いた。
「わかっていると思うが、長剣は戦いで使うものだ。
これほどの長剣でも、使えば刃こぼれし手入れが必要になる。
この綺麗な状態のまま預かることはできない。それに俺が倒れた場合はどうする」
「貸しているのに使うなというのは可笑しな話です。
気にせず道具として使ってください。
それにゼインが倒れる姿は想像できません。
無事に僕をここから連れ出してくれると信じています」
「そうだな。この長剣は、次にお前に会うまで俺が大切に使わせてもらう」
「この長剣に比べるのも恥ずかしいが、俺からもレニーに預け物をしておく。これだ」
ゼインは、いつも持ち歩いていた短刀をレニーに手渡した。
「これは、育ての親だったアルクから、常に肌身離さず持ち歩くように言われていた品だ。
俺にとっては、義理の父親と言ってもいい人でな。
決して高価なものではないが、言いつけどおり、ずっと持ち歩いてきた」
「ゼイン、こういう形見のような物は預かれません。
この長剣は使う予定がないから預けただけで、ゼインの形見とも言える品を僕が預かるわけにはいきません」
「さっきお前が言ったことを、そのまま返すぜ。
俺は必ずお前を迎えに来る。それまで預かっておけ」
レニーは、ゼインから何か思い出になる物が欲しいと思っていた。
しかし、うまく言葉で伝えることが出来なかったので、ゼインの形見を預けられて満面の笑みを浮かべた。
「そういうことなら喜んで預かっておきます」
「ゼインと話したいことはたくさんあります。
ゼインと知り合ってから二十日間ほどしか経っていませんが、知り合う前と後では、景色が色づき、食事の味も思い出したような気がします。
ゼインからさよならを言われるのが怖いので、僕からお礼とさよならを言わせてください。
短い間でしたがありがとうございました」
「ああ、またな」
ゼインも伝えたいことはあったが、言葉にする自信がなく、多くの思いを一言に込めた。
そう言って部屋を出て行く。
レニーはゼインの後ろ姿を見送りながら、「また来てくださいね」と心の中でつぶやいた。
茫然と扉を見つめていると、ケイシーが部屋に入って来た。
「レニー王、よろしかったのですか」
数少ない配下の筆頭であるケイシーの問いに、レニーは「なにがだ」とは聞き返さなかった。
「ティモール王朝の宝であった長剣のことか。
それならゼインに伝えた通り、僕が持っているよりゼインが持っている方が断然良いと思う。
それとも、僕を連れて行かずに去ったことか。
それこそ決めるのは私ではなくゼインであるはずだ。
ゼインと私は友人であり、私が命令することはなく、ゼインが従うこともない」
ケイシーは、友人というのであればお願いするという選択肢もあると考えたが、
そのことには触れず「失礼しました」とだけ答えた。
レニーの感情の起伏が無くなって二年ほどになる。
笑うことも、怒ることも、まして泣くことなど、ゼインと出会う前までは想像も出来なかった。
ゼインと会わせて良かったと心から思った。
数日前、ゼインの名がルグルスの大森林の悪名高い盗賊の首領と同じであることを思い出しした。
情報を集め、それが本当の事である事がわかった。
そして昨晩、そのことをゼインに確認したが、レニーには伝えないことに決めた。
二人の関係を考えれば、知らなくても良いことだと思えたからだ。
「ケイシー、私を連れ出すように言ってくれたのだな」
「勝手なことをしたと思います。
しかしレニー王はまだ十一歳で先が長いのです。
このままこの屋敷に捕らわれたまま月日を過ごすことが悔しくてなりません。
トリポリ公爵は、ここ数年のレニー王の様子を見て、この屋敷を抜け出すことなど想像もしないでしょうし、油断があると思います。
「しかしレニー王が屋敷を抜け出した後、逃げ切れるのはゼイン殿しかおらず、そのうえ両者の関係を見てもお願いできるのは彼だけだと感じたのです」
「ケイシーはずいぶんゼインのことを高く評価しているのだな。
しかし僕のこの身体を見れば、それほどの価値があるとは思えないだろう。
最近は食事の味を感じられるようになり、少しは食べられるようになったが、以前はほとんど口にできなかったから仕方がない」
ケイシーは、そもそもレニー王の価値をそのような所に見てはいなかった。
やせ細っていようと、捕らわれていようと、領地がなく民を統治できなくても、歴史あるティモール王朝の王である事実は変わらない。
しかし、当人がその価値を自覚するかどうかは別の問題だった。
レニーが自覚できないのは、目に見える形で王であることを示せなかったからだ。
とケイシーは理解していた。
「王が王であるのに屈強な身体を必要とすることはありません。その存在自体が王なのです」
「ケイシーがそのように言うのであれば、その通りなのだろう。
次にゼインと会うまでに、そう思えるよう努力しよう」
ケイシーは、レニー王が将来に希望を持ったことを確信した。
ゼインと知り合うまでは、レニー王を取り巻く状況を本人に説明したことを少なからず後悔していた。
だが今は、その事実を受け入れたうえで、さらに将来について考えられるようになっている。
二人はゼインと出会い、そして別れることで、自分自身を見直す必要性を強く感じていた。




