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【087】ゼイン、草原の友の報せ

ゼインは仲間を連れて昨夜訪れた店へ行き、常連客ケイシーの孫レニーと遊んだ話をする。孫は真面目で友達がいない少年で、ケイシーから滞在中の交流を頼まれ、一か月ほど応じることに。店でのやり取りや軽口を交わすゼインたちを、ビアトリクスは新鮮に感じ、自らの過去を振り返る。常に公女として振る舞ってきた自分が、こうした日常を持てなかったことに気づき、短い間でもこの穏やかな時間を楽しもうと思うのだった。

レニーは、ゼインが訪れる日を心待ちにしていた。

単調な日常が、ゼインの話で鮮やかに彩られるからだ。

海や港町ナホトカ、船旅や草原の景色など、屋敷から出たことのないレニーにとって、その話はどれも新鮮だった。


ゼインが帰った後は、その日の話を日記に記すのが日課となった。

忘れないため、そして彼が去った後も思い出せるように、情景まで丁寧に書き留める。

日記はすでに二十日分を超え、間もなくゼインが来なくなることを知るレニーは、日常が再び色を失うことを恐れていた。

楽しい時間が長く続くほど、別れの辛さも深くなるのだった。


レニーは、自分がティモール王朝の王である事を知っていた。

又、トリポリ公爵に生かされていることをケイシーから聞き、理解していた。


あと数年もすれば女性をあてがわれ、男子が生まれた時点で自分の寿命が縮まる未来が見えた。

十五歳という若さで、自らの終わりを意識する恐怖に抗うことはできなかった。


しかしゼインの話を聞くときだけは、海で泳ぎ、草原を馬で駆け、山を登る自分を思い描けた。

その時間は恐怖を忘れさせてくれる、かけがえのないひとときだった。


ケイシーから真実を聞くまでは、同年代の子供と変わらぬ体型だったが、自らの境遇を知ってからは、生きる意味を見失った。

存在意義を見いだせず、ただ逃げたい、変えたいという思いが募り、屋敷から最も遠い場所である海に惹かれるようになった。

その海の話を通じ、年齢に似つかわしくない経験を重ねたゼインと出会ったのだった。


そのような思いをしているときに、ゼインが部屋に入ってきた。

慌てて涙をぬぐい、レニーはゼインを出迎えた。


「レニー、どうした。泣いていたのか」


「ゼイン」


そう言って涙を止めようとしたが、無駄な努力だった。

毎日うれしそうに話を聞く姿しか見たことのないレニーが泣いているのを見て、ゼインは慌てた。


「いじめられているなら、俺に言え。俺が何とかしてやる。嫌なことがあっても、俺にできることがあれば力になる」


ゼインは、この短い期間で、素直で真面目に自分の話を楽しみにしてくれるレニーを好きになっていた。


「もうしばらくしたら、ゼインと会えなくなると思ったら、悲しくなってきた」


「ああ、そういうことか。元々そういう話だったしな。

俺もレニーのことが嫌いで王都サボーナを離れるわけじゃない。

お前のことも、お前と話をするのも好きだ。

ずっと一緒にいたいと思うが、俺にはどうしてもやらないといけないことがある。

王都サボーナを離れるのも、その一つだ」


レニーはゼインの答えに、涙を止めようとしながら無言でうなずいた。

ゼインの夢を聞いたことで、これ以上この話を続ければ、自分の境遇を話さなければならなくなると思った。

これまで誰にも話したことのないその境遇を、一番初めに伝えるならゼインだと感じた。

だが、自分が王様だと告げたら、ゼインは驚くだろうか。

これまでのような関係ではいられなくなってしまうのだろうか。


「今日が最後ではない」


力強くゼインは言った。そして


「レニー、お前とは笑顔で別れて、別の日に再会をしたいと思っている。

たった三週間程度でこれほど仲良くなれたのだ。今回の出会いが今生の別れになるとは思わんだろう」


その後しばらく、レニーは大きな声を上げて泣いた。

ゼインは何も言わず、ただそばに寄り添っていた。


やがて泣き止んだレニーに、ゼインは笑いながら尋ねた。


「レニーは泣き虫か?」


レニーは、顔を赤くして大いに照れた。

その後はいつものようにさまざまな話をし、ゼインは屋敷を後にした。


サイラス商会の商館に着くと、エルヴィスたちがゼインの帰りを待っていた。


「ゼイン、草原から手紙が届いたぜ」


ゼインは、待ち望んでいたはずの手紙を前に、複雑な表情を浮かべた。

それは、レニーとの別れを決定づける内容だと分かっていたからだ。


エルヴィスは意外そうに首をかしげた。


「ゼイン、やっと馴染みの友達から手紙が来たのに、それほど嬉しくなさそうだな。

俺らは内容をまだ見ていない。手紙を読むのに俺らがいない方が良いなら席を外しておくぞ」


ゼインは身振りでその必要はないと伝えた。

皆がこの手紙を心待ちにしていたことも、早く内容を知りたがっていることも分かっていた。

だが、この手紙はあの白く細いレニーと別れなければならないことを告げるものでもあった。


ビアトリクスが心配そうに問いかける。


「ゼイン。大丈夫?」


その顔を見て、感傷に浸るのはやめようと決意した。

「大丈夫だ」と答え、手紙を開いて内容を読むと、エルヴィスに渡し、皆が見るよう促した。


手紙を読んだマザランが、


「ゼイン、あなたの友人は草原で大物ですね。

草原にある四十の部族のうち七つを統一したとあります。

それに騎兵を四千も従えているとは、想像以上です」


「ああ」


気のない返事をするゼインに対し、他の皆は興奮を隠せなかった。

中でもエルヴィスは身を乗り出して言った。


「騎兵を四千ってことは、その家族まで考えると、数万の草原の民を率いてるってことだぜ。

それにこの手紙には、ゼイン、お前がこの草原の若き王の主人だと書いてある。

昔の友人じゃなかったのか?」


アリステアからの手紙によって、サイサリス公国再興の現実味を確信したセミラミスは、ビアトリクスのために喜び、涙ぐんだ。

「やれそうだね」と声をかけられたビアトリクスも微笑む。


しかし、皆が沸き立つ中で、ビアトリクスはゼインの様子がいつもと違うことに気づき、問いかけた。


「ゼイン、先ほどからどうしたの?」


ビアトリクスは、自分のサイサリス公国の再興に関わる事だったため、他の皆よりも冷静に手紙の内容を受け止めていた。

強兵として知られる草原の軍勢四千という数字は魅力的ではあるが、その全てが協力的とは限らない。まだ未知数な部分が多いのだ。


だからこそ、ゼインの浮かない様子に気づいた。


「はっきり言って気持ちの整理がつかねぇ。

俺の友人アリステアが草原の民の部族を手に入れたと聞いて驚いたが、奴ならそれくらいはやるだろう。多分、俺と一緒に世話になっていたブレンダという女性のいた部族をまとめ、他の部族を吸収したんだろう。

だが、この三年間で六つの部族を吸収できるか?

一千ほどの兵力なら想定していたが、それが四千だと考えられん。

いや、俺がいた頃の話だが、それほど他の部族も甘くねぇ。

何があった?何が起こった?俺の友人は昔のままなのか?」


ゼインの言葉に、誰も答えることができなかった。

先ほどまで喜びに包まれていた空気は、深い沈黙へと変わり、ゼインは一人考え込んだ。


そのような中、マザランが口を開いた。


「ゼイン、ここで考えても仕方のないことです。

あなたが感じているのは、間違いなく知らないことに対する不安です。

手紙にあった草原の近く、リューベックという村に向かいましょう。

我々には感じ取れない不安を、ゼインが感じ取れるかもしれません。

しかし、不安があるからといって、この手紙の内容を無視してキール将軍と合流しますか」


「いや、俺は昔の友人を信じたい。リューベックに行こう。そして奴に会えば全て解決するだろう」


ゼインは、赤毛の少年だったアリステアを思い出していた。

ナホトカから草原までを共に旅した友人のことを。

そして、理由があって草原で別れた日のことを、忘れたことはなかった。

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