【084】ゼインとケイシーの出会い
二人が食事をしていると、背後から大柄な男がゼインに声をかけてきた。
ゼインの整った顔立ちに目を留めたらしい。
「あんちゃん、きれいな顔をしてるな。横の男はあんたのそれかい?」
ゼインは整った顔立ちのせいで、この手の声をかけられることが多かった。
だが、エルヴィスはすぐに口を開く。
「俺は女好きだぜ、おっさん」
いきなりの喧嘩腰だった。
大柄な男の仲間たちが、離れた席で大きな声をあげて笑う。
「おっさん、横の男前さんは女好きだとよ。お目当ての彼も違うんじゃねえか!
振られたんなら戻って来いよ」
その挑発めいた声が響き、食堂が静まり返った。
ゼインたちの席の周りでは、何事が始まるのかと興味深そうに眺める者、または日常茶飯事と冷ややかに見守る者など、反応はさまざまだった。
先ほどの女性店員が近づき、きっぱりと言い放つ。
「やるなら外でやっておくれ。店の中で暴れたら、今後一切出入りを断るからね」
女性店員は、男たち以上に大きな声を張り上げた。
エルヴィスが立ち上がり、大柄な男へ歩み寄ろうとした。
その時、ゼインは大柄な男の肩に非常に親しげに腕を回した。
「兄弟、すまんが俺はこう見えて海の男なんだ。
相手が海の男でないとやらない口なんだ、勘弁してくれ」
そう言うと、ゼインは先ほどの女性店員に向き直り、
「この兄弟に酒をおごってやってくれ」
と小銭を渡した。
振り返り、絡んできた大柄な男に笑みを見せる。
「俺の連れはこう見えて生真面目なんだよ。
俺たちもここを馴染みの店にしたいんで、勘弁してくれねえか」
「なかなか話の分かる男だな。
そういうことならしょうがねえ、酒だけありがたく頂戴しておくぜ」
そう言った後、大柄な男は小声で、ゼインの顔を舐めるように見ながら言葉を続けた。
「気が変わったら、いつでも言って来いよ」
男が元の席に戻ると、女性店員がやってきた。
「あんたの、あの手のあしらい方は一流だね。
今まで、その顔で苦労したんだろう。あいつらは常連じゃないから気にしなくていいよ」
「ああ、大丈夫だ。俺も、俺の連れも気にしていないから、気にするな」
ゼインがそう言ってエルヴィスを振り返ると、エルヴィスは元商人とは思えない、盗賊のような顔で詰め寄ってきた。
「ゼイン、あんな雑魚になめられていいのかよ」
ゼインは一つため息をつき、落ち着いた声で答える。
「エルヴィス、やつらは酒に酔った勢いだけで、俺らをなめてるわけじゃねえ。
あんな連中をいちいち相手にしてたら、毎晩喧嘩をしなきゃならなくなる」
ゼインの話を聞いたエルヴィスは笑った。
「こんなことが毎晩だと、それは確かにうんざりだな」
「ところでゼイン、さっきの話だが、あっちも大丈夫なのか?」
「エルヴィス、俺はお前と同類だよ。女好きなだけだ。
若い頃、港町でよくあの手の男に絡まれていたから、扱いに慣れているだけだ。
それに、俺は違うが、船で一度外洋に出ると、男はそういうことで発散するらしいぜ」
ゼインは何でもないことのように言った。
その時、ゼインたちの机から少し離れた席に座っていた初老の男性が、ゆっくりと近づいてきた。
「先ほどの話を聞いていましたが、そちらの方は海の出身と言っていたのは本当でしょうか?」
ゼインは、普段であれば気に留めなかっただろう。
だがビアトリクスの件があったため、いきなり声をかけてきた初老の男に警戒をにじませながら答えた。
「ああ、そうだぜ」
「このティモール王朝は内陸の国です。
海を見ぬまま一生を終える者が多いのはご存じでしょう。
私の孫は毎日のように海の話を知りたがるのですが、この国では書物も手に入りにくいのです。
もしあなた様に来ていただいて話を聞かせていただければ、きっと喜ぶと思います」
ゼインは初対面の男を怪しみ、表情を変えぬまま返した。
「他にも海のことを知っている者はいるはずだろう。
なのに、なぜ俺なんだ?俺はあんたの名前すら知らない」
初老の男は、それほど難しい話をしたつもりはなかった。
ゼインのこわばった態度を不思議に思い、もう一度丁寧に挨拶をした。
「これは失礼しました。私はケイシーと言いまして、ここの食堂を馴染みにしている者です。
先ほどの大柄な男のあしらい方がとてもお上手で、あなたに声をかけたまでのことです」
ゼインたちとケイシーが話している様子を見て、女性店員がゼインに声をかけた。
「このおじいさんは常連だよ。
私がここで働くずっと前からの常連さんでね。
あのティモール王朝の屋敷の門番をしてる人なんだ。
門番と言っても裏門だけどね」
からかうような調子だった。
「こらっ、言わなくてもいいことを言うものではない」
言葉こそ怒っていたが、その表情はどこか嬉しそうだった。
その様子を見て、ゼインは飲み屋で声をかけられただけで少し警戒しすぎたかと反省する。
すると、隣の席にいた見知らぬ男がゼインに声を掛けた。
「その爺さんの孫に、話くらいしてやれよ」
その一言で、初老の男が周囲から慕われていることが分かった。
同時に、ここはルグルスの大森林から遠く離れている。
よほどのことがない限り、ルグルスの大森林の盗賊「ゼイン」の名を知る者はいないだろう、とも思った。
「じいさん、すまなかった。俺はゼインという。
港町ナホトカの出身で、今は傭兵として各国を渡り歩いている。
横の男はエルヴィスだ。よろしく頼む。
先ほど店員から聞いた話だが、俺たちはトリポリ公爵の傭兵として雇われるかもしれない。
それでいいのか?もし公爵が傭兵を必要としていないようなら、草原に向かうつもりだ。
サボーナには長くは滞在しないぜ」
「ティモール王朝とトリポリ公爵は、良好な関係とは言えませんが、敵対しているわけではありません。
それほど大げさに考えず、この店で知り合った門番の孫に話をしてやる程度に、気軽に考えていただければと思います」
ゼインは、飲み屋で知り合い、親しくなる程度なら問題ないと判断した。
「よし、じゃあこの店の常連つながりだ。明日、この店に来る前にあんたのところに寄るよ」
初老の男は店員を呼び、うれしそうに告げた。
「明日、来てもらえることになったぞ。そして、このゼインという方は明日もこの店に来られるそうだ。常連が増えたな」
「あら、お孫さんは海が見たいと言っていたから、よかったね」
店を出た帰り道、エルヴィスがゼインに尋ねた。
「あれでよかったのか?」
「まあ、問題ないだろう。俺たちが何者か知っている様子もなかったし、詮索する気もなかったようだ。
トリポリ公爵に傭兵として雇われなかったと説明して、王都サボーナを去るまでの間だ。
それに、あの店の料理はうまかっただろう。あの料理を食べるためだけに、ケイシーの孫に海の話をするのは安いもんだ」
「確かに、それはそうだな。明日以降は、他の奴らも連れていくことにしよう」
そう言って、二人は王都サボーナのサイラス商会の商館へと戻った。




