【083】王都サボーナの夜
ティモール王朝に着いた翌日の晩、エルヴィスはゼインを誘い、王都サボーナの歓楽街に足を運んでいた。
エルヴィスは歓楽街の賑わいを楽しみながら、ゼインに声をかける。
「ここ最近はずっとお姫様と一緒だったから、たまには息抜きが必要だろう。
色々と手を打って、今は短い休息と考えて良いはずだ」
ゼインもまた、雑踏の活気とごみごみとした雰囲気を味わっていた。
人がひしめき合う通りや、飲食と夜の店が立ち並ぶ光景に触れると、幼い頃を過ごしたナホトカの街並みが脳裏によみがえった。
「ああ、俺もこの雰囲気は久しぶりだな。うまそうな店を見つけるのは俺に任せてくれ」
ゼインは声をかけてくる女性におすすめの店を尋ねたり、軽くあしらったりしながら、腹を満たせる店を探していた。
エルヴィスにとっては、どこの店でも腹が満たせれば同じことだと考えていたため、店選びはゼインに任せていた。
しかし、予想以上にゼインの店選びは熱心で、時間がかかっていた。
しびれを切らしたエルヴィスが言う。
「おい、ゼイン、ここらでよいんじゃねえか?」
振り返ったゼインは、嬉しそうに笑った。
「ああ、エルヴィスは腹が減っていたな。わかった、さっき通った店にしよう」
エルヴィスは、やれやれといった様子で来た道を戻り、ゼインの背中について店に入った。
店内には丸い四人掛けの卓が三十ほど並び、ほとんどが埋まっていて、大勢の客でごった返していた。
ゼインは若い女性店員に二本指を立てて二人だと示し、空いている席に座れるか確認した。
女性店員は元気よく大きな声で応じたが、周囲のざわめきがあまりに大きく、言葉は聞き取りづらかった。
「二人だね、わかったよ。とりあえず酒とつまみを先に出すから、料理は選んでおいて」
「ゼイン、ここに来るのは初めてなんだろう。ずいぶん慣れたもんだな」
「こういうのは、どこの国でも同じだろう。エルヴィスこそ、こういう料理屋には来なかったのか?」
「俺は腹がいっぱいになれば何でもよかったからな。それに、酒が飲めりゃどこでも構わなかった」
やがて、酒とつまみがすぐに用意され、店員が気安げに尋ねてきた。
「料理は決まった?」
店員は遠慮なく、ゼインとエルヴィスを交互に見やった。
二人とも一般的な男より背が高く、肩幅も広い。
「あんたたち、傭兵だろう?いい体格をしてるからすぐわかるよ。
この時期にサボーナで職探しなんて、ずいぶん酔狂じゃないか。
最近、アンドラ公国がサイサリス公国を奪ったって話だ。そっちに行った方が稼げるんじゃない?」
店員の遠慮ない物言いに、ゼインは口元に笑みを浮かべて答えた。
「残念だが、隣のこの男はこんな体つきをしていても商人だ。
俺は昨日まで、この男に雇われていたんだ」
「へえ。それにしても二人とも、どう見ても傭兵にしか見えないけどね」
「さっきの話だが、この時期の傭兵なら普通はティモール王朝以外を選ぶだろうな。
だが俺は臆病なんだ。命の危険のないティモール王朝に仕官しに来たんだが、仕官の口はあるのか?」
店員は忙しい最中にもかかわらず、整った顔立ちのゼインとエルヴィスに興味を抱いたようで、足を止めて答えた。
「ないことはないけど、ティモール王朝じゃなくてトリポリ公爵の方だね。
うちの王様は貧乏だから、傭兵なんか雇えないよ」
「そうか、貧乏なら仕方がない。
だがティモール王朝に属しているトリポリ公爵は裕福だと聞くのに、なぜ王様が貧乏なんだ?」
「大きな声では言えないが、トリポリ公爵は王様に必要最低限の金しか渡していないらしいよ。
うちの王様は、なぜか若いうちに亡くなる方が多いんだ。
噂ではトリポリ公爵に暗殺されているとも言われていて、それもあって王様は怖くて文句を言えないそうだ」
店員は遠い目をしてつぶやいた。
「そりゃあつらいだろうな。そんな王様にはなりたくねえな」
「そうだね。でもあたしたち民は、トリポリ公爵のことを良く思っていないんだ。
今の王様は五歳で即位した子供だよ。
その前の王様も三歳で即位して、十八歳で亡くなった。
普通に考えれば、トリポリ公爵が好きに操っているって気づくはずだよね。
あたしたちはトリポリ公爵の民じゃなく、あくまでティモール王朝の民なんだから」
「そうか。ここの連中は同じような考え方なんだな。
それほどティモール王朝に愛着があるとは思わなかった。
他の国から見たら、そうは見えなかったな」
「そうだろうね。
もしトリポリ公爵が大公になって、トリポリ公国ができるなら愛着もわくかもしれない。
でも、自分たちの王様が部下の公爵に好き放題されていて、喜ぶ民なんていないだろう。
話が暗くなっちゃったね。すぐに料理を用意するよ」
「ありがとよ。
俺たちは傭兵として雇ってもらえるならどちらでもいいが、二度手間にならなくて助かる」
ゼインはそう言って、小銭を店員に渡した。
店員は少し驚いた顔をしたが、そのまま懐にしまい込む。
「えらく気前のいい傭兵さんたちだね。
ここらで一番うまいと言われているうちのおすすめを、一番いい状態で持ってきてあげるよ」
しばらくして、店員が料理を運んできた。
「王都サボーナの名物料理と、うちの店のおすすめだよ。ゆっくり味わって食べておくれ」
「おっ、待ってたぜ。それと、この店は常連ばかりなのか?
さっきから見ていると、他の客とずいぶん仲良さそうに話していたじゃねえか」
「そうだね、八割ほどが常連さんだよ。あんたたちも明日来れば常連さんだね」
そう言って、店員は片目をつぶってみせた。
「違いねえ、八割の客もそういうことだな」
ゼインとエルヴィスは笑い合った。




