【082】マザランの知略とモーゼルの手紙
ビアトリクスの意識を戻すようにマザランは、話を続けた。
「では、話を続けます。モーゼル殿の手紙に記されていたのは、大きく四点です。
一つ、アンドラ公国とルトニア王国との会談の様子。
二つ、ビアトリクス公女誘拐に関するシュール大公とレギレウス将軍の対応。
三つ、商都ハンザのシモーネ殿の尽力。
そして四つ目が、サボーナでの対応についてです」
マザランは要点を押さえ、わかりやすく説明を続けた。
「まず、ルトニア王国との会談についてです。二度目の会談は開かれませんでした。
レギレウス将軍が不在だったためです。
その結果、ルトニア王国の使節団は何の進展も得られぬまま、公都に滞在を続けています。
すでに、使節団が到着してから四十日以上が経過しました。
これほど成果のない会談も珍しいでしょう」
アンドラ公国の不甲斐ない対応を嘲笑するように、マザランは続けた。
「次に、ビアトリクス公女の件です。
誘拐が明らかになった直後、レギレウス将軍は西のルグルス大森林へ、ザルファ第二公子は南のサイサリス公都方面へ、それぞれ追跡に向かったようです。
見事に我々の餌に釣られたわけです。
それよりも驚かされたのは、モーゼル殿が商都ハンザのシモーネ殿と面識を持ち、今回の救出に尽力してくれていたことです」
エルヴィスが口を挟む。
「元々、商都ハンザの出身だと言っていたからな。
しかし商都ハンザも思い切ったもんだ。俺たちを手助けするとなれば、それなりの覚悟がいるだろうぜ」
「エルヴィスの言う通りです。
この手紙には書かれていませんが、モーゼル殿が無理やり引き込んだ可能性が高いでしょう。
商都ハンザがビアトリクス様の再興に力を貸したところで、利益があるとは思えません」
「そうなのか?サイサリス公国の再興後に、何らかの利権を要求できるのではないのか?」
「それは再興が成った場合の話です。
もし我々が捕らえられた場合、あるいは失敗した場合は、商都ハンザはアンドラ公国に対し、反乱を起こしたのと同じ扱いを受ける可能性があります。
言葉を飾らずに言えば、アンドラ公国に攻め滅ぼされるかもしれませんね」
マザランの言葉に、ビアトリクスを除いた全員が「なるほど」と頷いた。
「まぁ、失敗した時の話をしても仕方ありません。
その時には、我々が生きているはずもありませんから」
面白くもない顔で放たれたその一言が、冗談なのかどうかは誰にも分からなかった。
ここでマザランが一つ付け加える。
「次に、サボーナでの対応についてです。
我々が滞在しているサイラス商会の商館を、今後はアンドラ公国の使者に意図的に開放するつもりです。公都では、すでにモーゼル殿がレギレウス将軍に対し、こちらから商館を通じて情報を提供すると申し出ています。
したがって、そこから漏れる誤った情報が公都に伝われば、モーゼル殿の言葉の裏付けとなり、彼の信用はさらに高まるでしょう」
エルヴィスが「なるほどな」とうなずいた。
「それと、少し前に遡りますが、公都を出てすぐの折に、ビアトリクス様にはキール将軍宛ての手紙を二通したためていただきました。
一通はそのままキール将軍に届けます。
もう一通は、ルグルスの大森林近くでわざとレギレウス将軍に奪わせます」
ゼインがそんな手があったのかという顔をしている横で、ブーディカが口角を上げた。
「マザラン、それはなかなか辛辣な手段だね。
いないはずの姫様を追っているレギレウス将軍は、捜索範囲を広げるしかなくなる。
結果、アンドラ公国はますます混乱するだろう」
「そうですね。付け加えるならば、我々の準備が整うまでは、今しばらくアンドラ公国に混乱してもらう必要があります。そのために、ビアトリクス様に書いていただいた手紙には、ルグルスの大森林を通り、ルトニア王国の北側を抜けてサイサリス公国に入るつもりだと書いてもらいました。
この経路をアンドラ公国に重点的に意識させます。
そうすれば、表立って誘拐を発表できないレギレウス将軍は、捜索に力を注がざるを得ません。
ザルファ第二公子も同様です。
さらに、サイサリス公国を統治しているブレント第一公子も、捜索にかかりきりになるでしょう。
その間に、我々はキール将軍と草原の民との合流準備を進められます。
加えて、キール将軍にはアンドラ公国との開戦準備を整えてもらう時間を作ることができます。
今のところ、モーゼル殿に託せるのは、この程度の策に過ぎません。
しかし彼であれば、状況を察してさらに先の手を打ってくれるでしょう」
エルヴィスが尋ねた。
「確かにそれはそうだろうが、これだけ離れていてもモーゼルが何をするのかわかるのか?」
マザランは、質問の意味が分からないという顔をした。
「サイサリス公国を再興するという目的は明確です。何をすればよいのかは、私でもモーゼル殿でも変わりません。他の方なら、もっと詳しく手段を書き送りますが、モーゼル殿には不要です」
そして続けた。
「後程、こちらの状況をモーゼル殿に書き送ります」
ビアトリクスはうなずいた。
「わかりました」
と返事をした。
ビアトリクスは、この少年のような顔をしたマザランの知恵に、恐ろしさを感じた。
モーゼル殿の手紙からアンドラ公国の状況を読み取り、遠く離れたティモール王朝にて的確な手段を考えることができるのだ。
アンドラ公国からティモール王朝への道中、マザランは皆とあまり話すことがなかった。
しかし今、改めて彼を見直した。




