表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
82/88

【080】シュール大公の混乱

一枚上手の返事を返したモーゼルに、シモーネは小さく微笑んだ。

その笑みの奥には、何としてもゼインの行動を成功させ、すべてを水面下で終わらせるという固い決意が宿っていた。


翌朝。


石畳を歩くシモーネの足取りは、外から見れば落ち着いているが、胸の内には慎重さと警戒心が渦巻いていた。

やがて、執務室に通されると、机の向こうに腰掛けていたシュール大公が顔を上げた。

その顔には、朝から下品な笑みが浮かんでいる。

視線は一切隠そうとせず、まるで品定めをするかのようにシモーネを舐めるように見つめていた。


「久しぶりだな、シモーネ。

前回の祝いの品々はこちらで楽しませてもらっている。

今朝はどのような要件で来たのか」


「お忙しい中、お時間を頂戴してありがとうございます。

今朝は、昨日商都ハンザの商館に来た商人が、不審な者を発見したと言っておりましたので、ご報告に参りました」


「不審な者?それはどのような事か」


「このアンドラ公国に向かっていた商人の話ですが、尋常ではない速度でルグルスの大森林へ移動する馬車と、数人の騎馬を見たと言っておりました。


私が不審に思った理由を説明させていただきますと、

その一行は騎乗する者が顔を隠すような服を着ていたこと、

向かう先がルグルスの大森林であったこと、

そして移動速度が尋常ではなかったことが挙げられます。


さらに、急ぐのであればなぜ馬車を用いたのかという点も不可解でした。

アンドラ公国と非常に良い取引をしている商都ハンザとしては、見過ごすことは出来ないと判断し、こうしてご報告に参った次第です」


「シモーネよ、よくぞ知らせてくれた。

詳しいことは言えないが、その報告が欲しかったのだ。

やはりそうか、ルグルスの大森林へ向かっているのか」


シュール大公は、レギレウス将軍を呼ぶよう命じ、シモーネを下がらせた。


シモーネは、昨日ビアトリクス公女が誘拐されたというのに、全く表に出さずに対応するシュール大公を見直した。

全く動揺していない。公に出来ない事であると自覚しているのか、と一瞬思った。


しかし、下がる際に掛けられた言葉が、その考えを打ち消す。


「次の祝い事も、前回と同じ手土産を期待しているぞ」


その一言で、動揺していないのではなく、大事であることに気付いていないのだと悟った。

これでは、おじさまに良いように扱われるわけだと、シモーネは内心で嘆息した。


シュール大公は、シモーネを下がらせると、レギレウス将軍を部屋に呼んだ。


そして、レギレウス将軍を近くまで呼び寄せると告げた。


「先ほど商都ハンザのシモーネから報告があった。

不審な人物がルグルスの大森林の方向に向かって逃げたという。

至急追撃隊を組織し、探し出すように」


レギレウス将軍は、シュール大公の言葉を聞くと


「大公、それは早計かと思われます。

昨日、各門の責任者を呼んで早朝の不審な人物の通過を確認しましたが、北門と東門は不審者の通過を認めなかったと言っていました。

西門と南門は、不審な人物の通過があったと報告しています。


この事実を考えると、西門からルグルスの大森林へ向かう者と、南から直接サイサリス公国へ向かう者は、囮のように思えてなりません。

そのうえ商都ハンザからの不審者の報告とは、出来過ぎだと思いませんか?」


シュール大公は、レギレウス将軍の言葉を聞くや、不愉快そうに顔を歪めた。


「レギレウスよ、そなたは考え過ぎだ。

高々盗賊風情が、それほどの組織力を持っていると思うのか。

目に見えている事実を見よ。

公女が誘拐された事実を他国に知られるわけにはいかぬ。

それに、我が国でも極秘裏に動く必要があり、憶測で数少ない兵を動かすわけにはいかぬ」


シュール大公は、それらしい理屈を並べていたが、内心では、自らの指示に従わぬレギレウス将軍の態度に苛立ちを覚えていた。


「大公のおっしゃることも、もっともだと思います。

しかし、一週間後には、ルトニア王国との第二回の会談がございます。

私がこの国を離れる訳には参りません」


ルトニア王国のラルフ伯爵は、一か月前にこちらに到着していた。

その間、一度の会談しか行っていなかった。

その上、一回目の会談で、二回目以降は、レギレウス将軍が対応する事を伝えている。


しかし、シュール大公は、


「レギレウス将軍、これほど重要な任務を他の者に任せることは出来ないだろう。

ビアトリクス公女とルトニア王国とどちらが重要だ。

ルトニア王国から、ビアトリクス公女について問われた場合はどのように答えるのだ。

会談はアルロー伯爵に任せるから、自ら赴くよう、準備してくれ」


シュール大公の言わんとしていることは理解できた。

しかしレギレウス将軍としては、様々な事態を想定すれば、自分は城に残って全体の指揮を取りたかった。

場当たり的な大公の対応に反対したかったが、

これ以上強く言えば、かえって不興を買うだけだと諦めた。


自分が不在の間、ビアトリクス公女誘拐の指揮を執る者について進言しても、

シュール大公は「自分がやる」と言いかねない。

それを避けるため、静かに口を開いた。


「かしこまりました。では私が不在の間は、ビアトリクス公女の件は、ザルファ第二公子に指揮を任せ、ルトニア王国との会談はアルロー伯爵にお願いします」


そう告げて部屋を出ると、入れ替わるようにモーゼルが入ってきた。


「待たせたな。昨日の今日なので、何事かと思うぞ」


シュール大公が軽く笑みを浮かべて言う。


「昨日、王都を辞してから、私に出来ることはないかと考えました。

そこで、私どもが把握しているサイサリス公国から入り込んでいる元兵士の名前を一覧にしました。

宿泊している宿屋も記載しておりますので、お役立てください」


「流石はモーゼル。昨日の今日で、これほどの人数を洗い出すとは見事である」


「それと、私が疑われた件もあり、言いにくいことではございますが、昨日の未明、南門から出て行った不審な馬車を見たという家人がおりましたので、ご報告いたします。

その家人は、南の農家から仕入れを行うため、毎朝一番に南門を出ております。

話によれば、不審者たちは別々に南門を通過し、しばらく離れた場所で合流してから速度を上げ、南へ向かったとのことです。

昨日のお話を伺い、ぜひお耳に入れておくべきと思いましたので、こちらにお連れしております。

聞き取りをなさいますか?」


シュール大公は頷き、ザルファ第二公子を呼ぶよう命じた。


「流石はサイラス商会のモーゼルだ。

動きが早い。そういった誠意を見せられると、こちらも応えたくなる。何か望むことはあるか?」


「ありがたいお言葉ですが、今はシュール大公のご厚情だけ受け取っておきます。

未だにビアトリクス公女の行方も知れず、犯人も捕らえられておりません。

問題は何一つ解決していないのです。

すべての問題が解決し、お手伝いできたことが分かれば、そのとき改めてご厚情を頂ければ幸いに存じます」


モーゼルは、ザルファ第二公子と入れ違いに部屋を後にした。


部屋へ入ってきたザルファに、シュール大公はモーゼルから預かったサイサリス公国の元兵士の一覧表を手渡す。

そして全員を取り押さえるよう命じ、あわせて南へ逃走した不審者たちを速やかに捕らえるよう指示を下した。


シュール大公は、シモーネとモーゼルを信用し、どちらかが真実を握っていると確信していた。

あとは、レギレウス将軍とザルファがそれぞれの不審者を捕らえ、その正体を暴けるかどうかにかかっている。


集まりつつある情報を整理し、迅速に手を打ったことに、シュール大公は満足していた。

あとは結果を待つだけだ。


そう思いながら、静かに椅子へ身を預けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ