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【076】シモーネ、ゼインの影に恐怖する

「シモーネ、先ほど私はゼイン殿のことを、かけがえのない息子のような存在だと言った。

それに対して、シモーネは得体の知れないゼインと言った。


私は、わかってもらいたいとも思っていない。

だが、目の前でゼイン殿を愚弄されて、穏やかでいられるほど我慢強い人間ではない」


シモーネは幼少期の記憶から、モーゼルの恐ろしさを骨身にしみて知っている。

さっきは嬉しくて涙を流したが、今は怖くて涙が出そうだった。


いやだ。思考が止まり、何も思いつかなくなる。


「ごめんなさい。私の言い方に問題があったと思います」


怖いので許してください。と心の中で叫んだ。


「わかったよ。私はシモーネを怖がらせるつもりはない。

ただ、ゼイン殿のことを悪く言われるのが我慢ならなかっただけだ。


繰り返しになるが、私の主はゼイン殿だ。

だからこそ、商都ハンザとは距離を取っていた。


今回こうして会えたのも、盗賊団が壊滅して私がもう盗賊ではなくなったからだ。

懐かしく、かわいいシモーネに会いたくて訪ねたのだよ」


シモーネは、初めの柔らかな声色に戻ったモーゼルの声を聞き、胸をなで下ろした。

安心した途端、涙がこみ上げてくる。


普段はこのような姿を他人に見せることはない。

そもそも泣いたのはいつぶりだろうかと思い出せないほどだった。


懐かしくて優しいモーゼルに会えたことで、抑えていた感情があふれ出したのだろう。


「今は、会えてうれしいです。ご無事で何よりです」


「そう言ってくれると私もうれしい。

また昔のように、というわけにはいかないだろうが、

お互いに連絡を取り合って、無事の確認はしていきたいと考えている」


「では、さっそくフーバー代表に連絡をします。

きっと、とてもお喜びになると思います」


「そうだね。私も手紙を書くよ。

明日にはこちらに届くようにするから、一緒に送ってもらえるかい?」


「はい」


シモーネは優しい声色と笑顔で答えた。


「では、話を続けようか。

これまでのこと、そしてこれからのことを話したいと思っている。


先ほども言った通り、私はすでに盗賊団は壊滅したが、

今もゼイン殿と行動を共にしている。


それに加えて、サイラス商会を経営しているんだ。

私の名前が表に出るのは好ましくないから、表向きには別の者が代表となっているが、

実質は私が切り盛りしている」


「サイラス商会ですか?

そういえば、その名前を聞くようになったのは二年ほど前からでしたね」


「そう、二年ほど前からだ。

盗賊団で得た品々を売買するための商店として立ち上げた。


今回の黒蜘蛛戦争でビアトリクス公女がアンドラ公国に捕らえられた。

その公女の身の回り品を、好みに合わせて整えるために、

彼女が気に入りそうな品々を用意し、後日お届けすることになっているのだよ」


「よく、たった二年という短期間で、

ビアトリクス公女の身の回り品の準備を任されるほどに

アンドラ公国に入り込めましたね」


「この国は、お金で全てが解決できる、とてもくだらない国だよ。

もしサイラス商会以上に賄賂を準備する商店が現れれば、

アンドラ公国はすぐにそちらに乗り換えるだろう。


だが、サイラス商会が賄賂を準備し続ける限り、

我々との取引が無くなることはない。

わかりやすくて、むしろ助かるくらいだ。


ところでシモーネ、

もうシュール大公とビアトリクス公女には挨拶を済ませたのだろう?」


「ええ。お二人とも、すでに面識を得ました」


「どのような印象だった?」


「シュール大公については、愚鈍が服を着て歩いているような印象でした。

ビアトリクス公女については、捕らわれてまだ二週間ですから、誰にも心を開くことはないでしょう」


「シュール大公については、私も同じ印象だよ。

レギレウス将軍さえ抑えておけば問題ないと思う」


「そうですね。

私はレギレウス将軍と、ザルファ第二公子にも会いました。

アンドラ公国は、レギレウス将軍が実質的に取り仕切っているように感じました。


おじさまは、商都ハンザのために私と話をしてくださっているのですか?」


「商都ハンザのためではないよ。

私は、商都ハンザから派遣されたシモーネという優秀な女性と話がしたかっただけだ。

しばらく会わない間に、アンドラ公国にまで派遣されるほどの人になっていたとは、嬉しい限りだ」


「ありがとうございます。先ほどは取り乱しましたが、あれほどの取り乱しようは記憶にないほどです。

できれば、忘れていただけると助かります」


「先ほどのことはもう忘れたよ。

今、私の目の前にいるのは、商都ハンザでフーバー代表に認められ、アンドラ公国に派遣された優秀なシモーネだ」


「ありがとうございます。素直に喜びます。


それで、おじさまはこの優秀なシモーネに何をお聞きになりたいのですか?

商都ハンザの様子ですか?

シュール大公のこと?

それとも、ビアトリクス公女のこと?


いえ、それよりも、私のほうこそ、おじさまにお聞きしたいことがあるかもしれません」


「なんだいシモーネ、言ってごらん」


「サイラス商会についてです。

おじさまが単純に商売だけをするとは思えません。

先ほども、ゼイン殿のために存在しているようなことを言っていましたし、何を企んでいるのか興味があります」


「そうだね。ゼイン殿には夢がある。

それは壮大で、とても叶うことのないような夢だ。

しかし、私はそれを叶えてあげたい。手伝いたい。

そのためにお金がいるから、サイラス商会を経営しているのだよ」


「おじさまは若返ったようね。

どのような夢か想像はできないけれど、今のおじさまを見ていると私まで楽しみになるわ。

何か私にお手伝いできることはあるの?」


「そうだね、今のところはないかな。

だが、お願いしたいときには、ぜひ頼らせてもらうよ」


「ぜひお願いしてね。

それでおじさまは、商都ハンザの動きとか、アンドラ公国の方針とかには興味がないの?

私に聞かなくていいの?」


「フーバーがシモーネをアンドラ公国に派遣した時点で、大体わかるよ。

目的は情報収集だろう?

それに、ビアトリクス公女と同じ女性であるシモーネが選ばれた時点で、公女と近づくことも狙いだと明確だ」


「そうなんだ」


シモーネは、モーゼルが商都ハンザの狙いを一瞬で言い当てたことに感心した。

さすがは幼い頃から見てきた人物であり、同時に、絶対に敵に回したくない相手でもある。


しかし、ここまで話しても、結局モーゼル自身の狙いはまったく見えなかった。

会話の中に一切の隙がなく、表情も声色も自在に操る。


役者が違いすぎる。


シモーネはそう心の中でつぶやき、納得するしかなかった。

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