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【074】シモーネ、レギレウス将軍の警告を受ける

シュール大公との面談を終えた翌日の朝のことである。


早速、シモーネは公城に呼び出された。

呼び出したのは、レギレウス将軍とザルファ第二公子である。

何事だろうとは思わなかった。

昨日の出来事で、心当たりがありすぎるほどあったからだ。

一室に案内されると、すでにレギレウス将軍とザルファ第二公子が座って待っていた。


「おはようございます。初めてお目にかかります。

商都ハンザから参りましたシモーネと申します。

以後、よろしくお願いいたします」


ゆったりとした口調で挨拶をし、王侯貴族に対する礼儀にかなった態度を取った。


「これは、シモーネ殿。ご足労いただきありがとうございます。私がレギレウスと言います」


「初めまして、ザルファと言います」


「ご高名なお二方とお会いできて、光栄に存じます」


「早速だが、昨日の大公との会談はどういうつもりだ。商都ハンザの狙いはどこにある」


挨拶もそこそこに、ザルファが言った。


「どういうつもりとおっしゃいますと?」


首をかしげて、ザルファが言った言葉を繰り返した。


「小賢しい女だな」


ザルファが、苛立ちを隠すことなく言った。


続けて、


「なぜ大公から約束を引き出すような真似をしたのだ

お前と会ったあと、大公は急にルトニア王国とは戦わず、交渉で賠償に応じると言い出したぞ」


「大変恐れ入りますが、どのようにお聞きになっておられるのでしょうか?

私が大公に何らかの入れ知恵をしたという事でしょうか?」


一国の方針が、アンドラ公国を訪れている一人の女性の言葉で決まるのか。

そう大声で言いたい気持ちを、シモーネは必死にこらえた。


次の瞬間、ザルファが拳を机に叩いて言った。


「おんな!愚弄する気か!」


黙って聞いていたレギレウス将軍が、静かに口を開いた。

その眼は真っ直ぐにシモーネを見据えていた。


「ザルファ第二公子、そのように声を荒げては、言いたいことも言えぬかもしれません。

ここは穏やかに話をいたしましょう。シモーネとやら、商都ハンザの狙いは何だ。


おぬしがシュール大公の胸中を代弁しただけ、という表向きの説明はよい。

商都ハンザの狙いによっては、我らもこの場で責め立てる必要はないのだ」


レギレウス将軍が低く静かな声で告げた。


「レギレウス将軍も、ザルファ第二公子も、商都ハンザを警戒しすぎかと存じます。

そもそも軍事力を持たぬ我々が、ルトニア王国とアンドラ公国の争いに介入できると思われますか。

とんでもないことです。商都ハンザの目的は、所属する商人たちの保護と利益です」


シモーネは落ち着いた声音で言い切った。


レギレウス将軍は目を細め、しばし考え込むと問い返した。


「所属する商人たちの保護と利益、それだけでは説明がつかぬな。

もし本当に利益だけを追うなら、戦争が長引いたほうが商売には都合がよいはず。

それなのにおぬしは大公に和平を促した。

その裏に、商都ハンザの別の思惑があるのではないか?」


シモーネは、レギレウス将軍の言わんとしていることを嫌というほど理解していた。


まさか、黒蜘蛛戦争の裏で、商都ハンザがどのような立場を取ったのかを正直に語れるはずがない。


そして、アンドラ公国が隣に強大な勢力として現れることを、決して歓迎していないこともまた、表には出せなかった。


「軍事力を持たない商都ハンザを手に入れたい国が出てくる可能性が、否定できません」


レギレウス将軍は目を細め、ゆっくりと頷いた。


「つまりは、アンドラ公国の力が大きくなりすぎることは、商都ハンザとして望ましくない。

ついては、ルトニア王国に賠償する形で戦を収めるのが望ましい、そういうことだな」


「そのように明け透けに言われると、身も蓋もありません。

ですが、我々は決してルトニア王国の味方ではありません。

失礼を承知で申し上げますが、アンドラ公国の味方でもありません」


「どちらの味方でもない、ということは、どちらの敵でもない、ということだな」


「おっしゃる通りです」


室内に静寂が落ちた。

ザルファはまだ苛立ちを隠さなかったが、レギレウス将軍だけは、シモーネの言葉に何かを感じ取ったように見えた。


「おぬしの言うことは理解した。

しかし、それでは解せない点がある。


今回、ルトニア王国のルーク王が再興すると言う情報を、私に流したのは誰だ?

オリバー大公が暗殺されたと、いち早く知らせを届けたのは誰だ?


確かに、私はルトニア王国とサイサリス公国との争いに注目していた。


だが、私の諜報網だけで、あれほど正確かつ迅速に情報を集められるはずがない。


それなのに、私は一時、本気で自分の諜報網がそこまで優秀なのだと信じていた。


情報を集めていた部下たちは、自らの功績だと信じて疑わなかった。

それは当然だろう。

まさか、背後で正確な情報が渡されていたなどとは思わぬからだ。


私の言っている意味が、理解できないとは言うまいな。

混乱したルトニア王国内で、私が送り込んだ部下を正確に把握し、怪しまれぬよう接触して、

そのうえで部下が疑うことなく正確な情報を得られるよう仕向けた。

これは、脅威だぞ。


私は違和感を覚えていた。

誰が、何のために、オリバー大公とルーク王の情報を、私の耳に届くよう流したのか。


結果として、私は決断し、シュール大公の許しを得て、サイサリス公国を併合した。

これは私の功績なのか?

それとも、情報を集めてきた担当者の功績なのか?


いや、そのいずれでもないだろう。


ルトニア王国で何があったのだ。

なぜ、サイサリス公国を見捨てたのだ?」


詰問されるシモーネであったが、動揺はまったく見られなかった。


「レギレウス将軍も、存外に迂闊な方でありますね」


その言葉を聞いたザルファが立ち上がり、大声でシモーネを責めようとした。

だが、レギレウスが手で制し、ザルファは怒りを露わにしたまま座りなおした。


レギレウスは、話を続けよと言わんばかりに手を軽く動かした。


「大変失礼な言い草ですが、レギレウス将軍は私のことを勘違いされています。

確かに代表フーバーに近い立場であり、評議員たちよりも商都ハンザの内情を知っているつもりです。

ですが、すべてを把握しているわけではありません。


当然、私に知らされていないこともあるはずです。

また、私が知れば情報が洩れると判断され、意図的に知らされていない可能性もございます。


なぜ私に知らされていないのか、その理由がお分かりでしょうか。

昨日のシュール大公との会話を経て、私に確認したくなられたのかもしれませんが、

今のお話は、私にとっても初めて耳にする内容です」


レギレウス将軍は、しばらくの間シモーネの言葉を考えているようであった。


お互いに目を合わせたまま、無言が続く。


実際のところシモーネは、レギレウス将軍が告げた内容を本当には理解していなかった。

聞いていたふりをすることもできたが、ここで下手な演技をすれば、かえって不利になると感じた。

だからこそ、誠実に受け止めるしかないと考えていた。


沈黙は数分ほど。

それでもシモーネにとっては、ひどく長く感じられた。


その静寂を破るように、レギレウス将軍が大きな声で笑った。


「なるほど、良い度胸をしている。

私のことを迂闊と言うだけはある。


ところで、そなたは結婚しているのか?」


あまりに突然の話題の転換に、シモーネは思わず目を見張った。


「まだ良縁に恵まれず、独り身でございます」


レギレウス将軍は、シモーネの身体を上から下まで確認するように視線を走らせた。


「なかなか良い女だな。

私の孫である、このザルファ第二公子は相手としてどうか?」


横に座っていたザルファは、目を白黒させて驚いた。

先ほどまで舌戦を繰り広げていた相手と、急に結婚の話になるとは思ってもいなかったのだ。


「私は両親の素性もわからぬ人間でございます。

とても歴史あるアンドラ公国の嫁としてふさわしいとは思えません。

勇猛な武将であるザルファ様には、きっとこれから良縁があるでしょう」


レギレウス将軍は、思いつきで口にしたように笑った。


「長男のブレントがビアトリクスと結婚し、次男のザルファがおぬしと結婚すれば、アンドラ公国の未来も明るいものになるだろうと思ったが、残念だな」


レギレウスは居住いを正し、戦場で兵を指揮する者のような鋭い目をした。


「最後に一つだけ言っておく。これは忠告ではなく警告だ。


ビアトリクスと接触するのは構わん。

今回の件でつらい思いをして、わだかりもあるだろうから慰めるのも良い。


だが、この王都から連れ出すことは許さぬ。

そなたらの手引きでビアトリクスが姿を消したと分かれば、我々は何よりも先に商都ハンザを攻め滅ぼす。


そなたであれば理解しているはずだ。

いまサイサリス公国を再興できるのは、彼女ただ一人なのだからな」


「レギレウス将軍の警告、しかと承りました」


シモーネは面を上げ、努めて平静を装った。

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