【072】シモーネ、暗愚の大公を試す
翌日、アンドラ公国の謁見の間で、シモーネはついにシュール大公と対面した。
シュール大公は、数段高い台座の上に据えられた豪華な椅子に腰掛けている。
背後には、大きなアンドラ公国の国旗が天井から吊り下げられていた。
離れた位置で膝をついたシモーネを、シュール大公はゆったりと見下ろす。
台座の上には数名の騎士が護衛として控え、シュール大公とシモーネの中間あたりの右手には、取次を務める騎士が立っていた。
取次の騎士が大きな声で告げる。
「商都ハンザより、シモーネ様がお越しです」
シモーネは膝をついたまま、静かに頭を下げた。
「初めてお目にかかります。商都ハンザのシモーネと申します。
以後、お見知りおきをお願い申し上げます」
シュール大公は、鼻を鳴らすように言葉を返す。
「私がアンドラ公国大公、シュールである。要件を申せ」
「この度は、サイサリス公国併合、誠におめでとうございます。
商都ハンザとして、シュール大公にお祝いを申し上げたく参りました。
こちらに、お祝いの品の目録がございます。ご確認ください」
そう述べて、シモーネは目録を取次の騎士に手渡した。
今回用意した品々は、誰が受け取っても喜ぶような逸品ばかりである。
これほどの贈り物を揃えられるのは、商都ハンザをおいて他にはないと自負できるものだった。
だが、これらを受け取るということは、アンドラ公国が正式にサイサリス公国を併合したと認める行為でもある。
シモーネは、シュール大公がどう反応するかを固唾を飲んで見守った。
目録を受け取ったシュール大公は、シモーネが拍子抜けするほどに喜色を浮かべた。
椅子から立ち上がり、台座を降りてシモーネのそばまで歩み寄る。
「そなたの後ろに高く積まれた箱に、この目録の品々が入っているのか」
シュール大公は、美しい装飾が施された箱を確認すると、非常に満足げな顔をした。
「シモーネと言ったな。
そなたも、このアンドラ公国にしばらく留まるつもりでいるのか」
下心が透けて見える笑顔で、シュール大公は尋ねた。
シモーネは、心から申し訳なさそうな顔で見上げる。
「私自身は、このままシュール大公の側で商都ハンザのために働きたいと考えております。
しかし、商都ハンザの代表より、まずはシュール大公のご尊顔を拝したのちに、戻るよう命じられております。
なかなか思うままにならないことをお許しください」
その言葉に、シュール大公は満足げにうなずいた。
醜悪な顔だとシモーネは心の中で思う。
先ほどまでの緊張が嘘のように消え、冷静な観察者の目で彼を見ていた。
こちらからの貢ぎ物を受け取らないという選択肢は初めから存在しなかった。
事前に想定していた通りであり、さらにシモーネ自身も側に置きたいという欲が顔に出ていた。
「そういうことであれば、仕方のないことだ。
気が変われば、私に言ってくるがよい」
「お言葉、感謝いたします。
大陸において智謀の誉れ高いシュール大公からお誘いいただく名誉だけで十分でございます」
シモーネは静かに頭を下げた。
心中では、醜くも単純な権力者の心理を確かめたことに、冷ややかな満足を覚えていた。
「智謀の誉れが高いと言ったのか。
私がそのように言われるというのはいささか不思議な気がするが、いかなる理由でそのようなことになっているのだ」
シモーネは恭しく答える。
「ご自身を評価なさらないのにも程があるかと存じます。
今回、アンドラ公国が一人も失うことなくサイサリス公国を併合された手腕は、これまでの大陸の歴史を見ても類を見ません。
サイサリス公国のオリバー大公がお亡くなりになり、ルトニア王国の前に風前の灯であったサイサリス公国を救う唯一の手段が、今回のアンドラ公国シュール大公の智謀であったのです」
シュール大公は顎に手を当て、しばし考え込んだ。
だが、口元に浮かぶ笑みまでは隠すことができなかった。
「ふむ、大陸ではそのような評価となっているのか」
今回のサイサリス公国の併合については、ほとんどの計画をレギレウス将軍が作成したものであった。
しかし、最終的にその案を採用したのは自分であると、シュール大公は考えている。
さらに、レギレウス将軍を登用したのも自分であり、その功績は自分のものと同じであるとも思っていた。
「その通りです。
少なくとも商都ハンザは、アンドラ公国のシュール大公をそのように考えております」
「しかし、商都ハンザは隣国であるルトニア王国にも祝いの品を送っているのではないか」
「恐れ入ります。
しかしシュール大公、我々は商都でございます。
商売を生業に生活している者たちの集合です。
商売がある所こそ、我々の行くべき所とご理解いただけますと幸いです。
失礼な物言いかもしれませんが、もしアンドラ公国が破れることがあれば、我々は当然、別の国に挨拶に伺います。
ただ、今この時点において、アンドラ公国のシュール大公は、その智謀をもってサイサリス公国を併合した英雄です。
ゆえに、商都ハンザとしてお祝いを申し上げる次第です」
「なかなかはっきり物を言うな。
私にその価値があるから挨拶に来た、価値がなければ来ることはなかったと聞こえたぞ」
シモーネは上目遣いで、媚びるような視線を送った。
「失礼ながら、そのように申し上げております。
商都ハンザとしては、湧き出る智謀の持ち主であるシュール大公とお近づきになりたいと考えており、今回、祝いの品々をお持ちしました」
「なるほど。そういうことなら、喜んで受け取っておくことにしよう。
それで、こちらから何を提供してほしいのだ」
機嫌よく、シュール大公がシモーネに問いかけた。
「商都ハンザとしては、情報が欲しいのです。
今後、アンドラ公国がどのように動くのかを知ることができれば、これからの商売がしやすくなりますし、仕入れなどにも影響を及ぼします」
「ふむ。情報ということか」
暗愚なシュール大公は、シモーネが何を知りたがっているのか理解できない様子だった。
シモーネはその反応に苛立つことなく、子供に教え諭すように、ゆっくりと口を開いた。




