【070】バーンズ、アンドラ公国交渉の道筋を語る
バーンズは、ルトニア王国が何かしらの証拠をつかんでいないことに安堵した。
ラルフ伯爵が独り言と言ったのは、あくまで状況を見て想像した話であった。
しかし、もしラルフ伯爵が声を大きくして商都ハンザの介入を口にすれば、それは真実として広まり、商都ハンザを攻略するための口実にもなりかねない。
そのことを、バーンズも理解していた。
「先ほどの話ですが、ルーク王はアンドラ公国に対して、すぐに戦を仕掛けることはないと仰っていました。
あのシュール大公を相手に、交渉をされるおつもりなのですか」
ラルフ伯爵は、バーンズがルトニア王国の方針を探りに来ていると思った。
こちらの本心を隠すのは簡単である。
しかし、今後も長く付き合うつもりの商都ハンザには、信頼を得ておく必要があった。
バーンズが言う通り、相手はあのシュール大公である。
サイサリス公国を併吞し、今は増長しているに違いない。
国境付近に軍を展開しての交渉も視野に入れていたが、目の前のバーンズにどこまで伝えるべきか、ラルフ伯爵は思案した。
その様子を見ていたバーンズが、静かに口を開いた。
「言いにくいことをお伺いしたかもしれませんね。
では、先ほどのラルフ伯爵と同じく、私も独り言を申し上げましょう」
そう言って、バーンズはラルフ伯爵の返事を聞かずに話を始めた。
「今回の戦乱の落としどころは、アンドラ公国がルトニア王国に賠償金を支払うしかありません。
なぜなら、ルトニア王国はチェド湖でサイサリス公国軍を撃破したのです。
その後、コンラッド侯爵を攻め滅ぼし、国内を安定させました。
本来であれば、そのまま攻め込み、サイサリス公国を占領できたはずです。
しかし、本当にサイサリス公国を占拠できたでしょうか。
サイサリス公国には、ダレル団長も健在であり、ビアトリクス公女も取り逃がしたという話でした。
兵力的にはルトニア王国軍が若干多かったはずです。
それに、勢いではルトニア王国が断然有利でしたから、サイサリス公国まで手に入れることができたと錯覚しがちです。
そう、錯覚なのです。
実際には、ルトニア王国単独でサイサリス公国を攻め滅ぼすことは不可能でした。
しかし、フランク王国との同盟により、フランク王国から援軍が到着すれば、サイサリス公国を滅ぼすことは可能となる。
この状況が、錯覚を生んだのです。
ルトニア王国の人々は、アンドラ公国にサイサリス公国を横取りされたと感じているでしょう。
しかし、ルトニア王国には単独でサイサリス公国を滅ぼすだけの力はなかった。
それを自覚しているのは、ルトニア王国のほんの一握りの人々だけです。
その一人が、ラルフ伯爵であると理解しています。
話を戻しますが、ルトニア王国としてアンドラ公国に賠償を請求できるのか。
できます。断言できます。
サイサリス公国を併合したアンドラ公国が、サイサリス公国の罪を認めないわけにはいかないからです。
では、どの程度サイサリス公国の罪を認めるのか。
ルトニア王国を攻め滅ぼした罪を、一人の人間に負わせるのでしょうか。
ビアトリクス公女に責任を取らせるのでしょうか。
それは不可能です。
今回、アンドラ公国はビアトリクス公女の存在を完全に無視して、サイサリス公国を併合しました。
そのため、彼女に責任を負わせることはできません。
では、アデイラ公妃やダレル団長あたりが適当かというと、決してそうではありません。
アデイラ公妃はシュール大公の妹ですし、ダレル団長は戦の途中で本国に戻されています。
こうなると、アンドラ公国には責任を負わせる人間がいません。
したがって、金銭または領地をもって賠償に充てることになります。
話は少し戻りますが、オリバー大公はルトニア王国の宝物庫を開放し、歴史ある宝の数々を競売にかけて多くの金を手に入れました。
では、その金をアンドラ公国は手に入れたのでしょうか。
答えは、いいえです。
サイサリス公国軍がチェド湖でルトニア王国軍に撃退された際、その金はルトニア王国が回収したと聞いています。
アンドラ公国はサイサリス公国を併吞しても、何ら金銭を得ていないのです。
結果として、ルトニア王国はアンドラ公国に対し、領地をもって賠償に充てるよう求めるしかありません。
具体的には、ルトニア王国と接する領地の割譲を迫ることになるでしょう。
しかし、吝嗇家として名高いシュール大公が首を縦に振るとは思えません。
それでも、ルトニア王国は必ずアンドラ公国から賠償を取らなければなりません。
なぜなら、もし賠償を取れなければ、ルトニア王国は大陸において他国から軽んじられることになるからです。
戦に勝ちながら、賠償すら請求できない国だと思われるのです。
ここまでは、ラルフ伯爵も同じ考えに至ったと私は考えています。
言いにくいのは、この先の話だと思います。
ルトニア王国がアンドラ公国に賠償を請求した場合、アンドラ公国は言いようはいくらでもあり、責任を逃れる恐れがあります。
そこで、私からラルフ伯爵への手土産として、商都ハンザの動きをお知らせいたしましょう。
商都ハンザは、アンドラ公国に対し、サイサリス公国併吞の祝い品を持参して公式使者を送りました。
アンドラ公国がこの祝い品を受け取った時点で、サイサリス公国の併吞を認めたことになります。
この事実により、アンドラ公国は、ルトニア王国からサイサリス公国に関する賠償を求められた場合、応じざるを得ません。
では、どのように交渉するのか。
初めから戦争の意思を見せないのは、愚策だと思われます。
ルーク王は即時開戦を否定されただけで、戦争そのものを否定されたわけではありません。
実際の交渉はアンドラ公国において丁寧に進めつつ、同時にアンドラ公国との国境に軍勢を展開するべきです。
その軍勢は、多ければ多いほどよいでしょう。
さらに、可能であればフランク王国の軍勢も参加させたいところです。
アンドラ公国が「領地の一部を割譲した方が得だ」と思うようになれば、目的は達せられるでしょう」
バーンズは一気に話を終えた。
商都ハンザよりアンドラ公国に公式の使者を送る件は、いずれ明らかになる話であり、ここで口にしても問題はないと考えていた。
こちらとしては、ルトニア王国がアンドラ公国に対してどのような方針で臨むつもりかを知る必要がある。
なぜなら、フーバー代表に報告を求められているからである。
「お互いに、独り言が多い人間のようですな。
バーンズ殿がルトニア王国に士官されたいと言われたら、私は喜んでルーク王に推薦しますよ」
ラルフ伯爵は、硬軟を織り交ぜた外交を進めるつもりであった。
その考えは、バーンズの発言と不思議なほど符合していた。
アンドラ公国も、ルトニア王国との戦争を回避したいと考えているだろうか。
一瞬そう思ったが、流石にバーンズ殿のような人物がアンドラ公国に存在するとは思えない。
そもそも相手はシュール大公である。
油断さえしなければ、こちらの思い通りに動かすことができるはずだと、ラルフ伯爵は考えていた。
「本心からのお言葉と受け取っておきます。
しかし、私は商人です。自分自身をそれ以上にも、それ以下にもしたいとは考えていません。
ラルフ伯爵も、商人になりたいとは思わないでしょう」
「なるほど、その通りです。
私は近日中にアンドラ公国に向かう予定です。
次はいつお会いできるかわかりませんが、バーンズ殿のお名前は心に留めておきます。
リアム侯爵、アラスター侯爵に会えるように、紹介状を後ほど宿に届けておきますので、お受け取りください。
それと、貸し付けの件ですが、お願いしたいと思っています。
数万の軍勢を動かすわけですから、何かとお金がかかります。
詳細な金額についても、併せて宿に届けておきます」
バーンズは、ラルフ伯爵の回答に満足した。
先ほど伝えた内容で、ルトニア王国が動くとわかったからだ。
到着した当日に、必要なことはすべて終わった。
後は有力諸侯に面識を得て、商都ハンザに帰るだけだと、肩の荷を下ろした。




