【069】バーンズ、ラルフ伯爵の洞察に向き合う
ルーク王が部屋を去ったあと、しばし穏やかな沈黙が残った。
やがて、その静けさの中でラルフ伯爵が口を開いた。
「バーンズ殿、初めまして。
ルーク王の補佐をしているラルフ伯爵と申します。
今後ともお見知りおきください」
彼は自分より一つ年上だと聞いている。
代々有能な人材を輩出する家系ながら、王族ではなかったため、ファルジュ王の時代には重職に就けなかったとも耳にしていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。
高名なラルフ伯爵とお近づきになれることを楽しみにしていました」
「高名ですか。
私のような者に、そのような言葉を向けられるとは意外です」
「ご謙遜です。
私は、今回お会いしたいと思っている方が、どのような活躍をされたかは確認してきています。
サイサリス公国に捕らわれていたルーク王を救出し、
さらに王をよく補佐してルトニア王都からサイサリス公国軍を追い払ったと聞いています。
そして子爵から伯爵へ昇進なされた。
もしよろしければ、その救出劇についてお話しいただければ幸いです」
バーンズは、詳細までは調べることができなかった、ラルフ伯爵の救出劇の話を聞きたいと思っていた。
「まさか、商都ハンザの方にお聞かせできるほどの物語ではありません。たまたまです」
ラルフ伯爵は、心から自分に功績があるとは思っていない様子だった。
その謙虚さに、バーンズは好感を抱いた。
実際のところ、世間の評判はラルフ伯爵よりもリアム侯爵に集中していた。
フランク王国との和睦や婚姻に関しては、すべてリアム侯爵の功績とされていたからである。
「たまたまと言われますが、偶然ということはないでしょう。
取り組んだ結果としての必然だと考えます。
今回でなくても構いません。いつの日か、お話を聞かせていただけることを楽しみにしています」
つい先日の出来事であり、バーンズは、今はまだ話すには早いと感じているラルフ伯爵の様子を見て取った。
「そうですね。後日、改めてお話しする機会があれば良いと思っています。
融資の件についてお願いする前に、少し独り言を言わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「独り言ですか?」
「そうです。独り言です。
バーンズ殿が答えにくいお話をするので、独り言と言っているだけです」
ラルフ伯爵は、バーンズをまっすぐに見て言った。バーンズが答える前に、さらに言葉を続ける。
「早速ですが、
今回のサイサリス公国によるルトニア王国急襲について、我々は商都ハンザの介入を確信しています。
ルトニア王国とサイサリス公国は、もともと戦争状態にはありませんでした。
友好関係にあったとは言えませんが、互いに憎しみ合っていたわけでもありません。
にもかかわらず、サイサリス公国がルトニア王国を攻めると、なぜ考えるのか?
結果だけを見れば、サイサリス公国はルトニア王国を攻め取ったことにより、急激な領土拡大が原因で滅びることになりました。
オリバー大公は、サイサリス公国が滅びるという結末まで考えていたのでしょうか。
冷静にサイサリス公国の国力を考えれば、無理な出征であることは、誰が見ても明らかでした。
誰もが考えれば分かることが、なぜ実行されたのか。
それは、サイサリス公国のルトニア王国急襲によって利益を得る者が存在したからです。
では、この場合の利益とは、誰にとっての利益なのか。
サイサリス公国にとって、ルトニア王国は手に余る相手でした。
歴史あるルトニア王国を滅ぼしたという満足感は、オリバー大公にとって確かに得られたでしょう。
しかし、それが果たして利益になるのでしょうか。
一時的に大陸全土に、サイサリス公国とオリバー大公の名は広まりました。
けれども、それはサイサリス公国の滅亡を賭してまで得る価値のある望みだったのでしょうか。
そのようなはずはありません。
では、誰かがルトニア王国を滅ぼしたいと考えたとしたら、今回の戦乱についても納得できるのではないでしょうか。
私は考えます。
ルトニア王国、つまりファルジュ王を殺害したいと願った人物、あるいは国があったのではないでしょうか。
いや、国ではなく、都市が一つだけあるはずです。
その理由も明確です。
ファルジュ王は公にはしていませんでしたが、商都ハンザを手に入れたいと考えていました。
軍事力を持たない商都ハンザが、本気になったルトニア王国に抗えるはずがないのは明白です。
だからこそ、ファルジュ王を亡き者にしようとしたのです。
実際に、商都ハンザがどのような手を使ってサイサリス公国を動かしたのか、我々には知る術がありません。
その謀略の全貌を調べることは不可能ではありませんが、商都ハンザと連絡を取っていたと思われる、
ルトニア王国のコンラッド侯爵、サイサリス公国のローガン侯爵もすでに亡くなっています。
コンラッド侯爵が、正しい情報を手に入れていたら、謀反をしたでしょうか?
ルトニア王都、ファルジュ王を信用出来なかったのは、なぜか?
サイサリス公国を手引きした方が、利益があるとなぜ思ったのか?
ローガン侯爵が商都ハンザの人間だったのかと言われれば、違うでしょう。
彼は、ルトニア王国を攻めることが最も好機であると判断しただけです。
結果的に、ルトニア王国を滅ぼしたことにより、その判断は正しかったと証明されています。
しかし、彼はチェド湖の戦いでルーク王に討たれ、命を落としました。
彼の死により、商都ハンザとサイサリス公国の関係が表に出ることはなくなりました。
私が申し上げたことは、すべて推測に過ぎません。
ただ、状況的にそれ以外の考えは難しいと思っています。
しかし、世間はどのように捉えるでしょうか。
私と同じように考える者は、きわめて少数にとどまるでしょう。
なぜなら、サイサリス公国がルトニア王国を攻めたことは、オリバー大公の人柄から考えても、容易に想像できる話だからです。
誰も不思議には思わないはずです。
そして結果だけを見れば、サイサリス公国はルトニア王国をうまく治めることができず、滅んだのです。
世間にとっては、それが今回の戦乱の結末なのです。
話を終えると、ラルフ伯爵はゆっくりとバーンズを見た。
そして、バーンズは
「なるほど、ラルフ伯爵はそのように考えておられたのですね。
我々の代表であるフーバーは、あなたに注目していました。
今のお話を聞く限り、私もあなたから目が離せなくなりましたよ。
独り言と言われていたので、私から申し上げることは何一つありません。
しかし、素晴らしい想像力だと感心しました。
今のラルフ伯爵のお話は、誰が聞いても真実だと確信するでしょう。
ところで、今のお話を誰かにされるおつもりはありますか?」
「今の所、話をするつもりはありません」
「それであれば安心しました。事実かどうかは、聞き手が決めることです。
ラルフ伯爵のお話は、聞いた者が真実だと感じるでしょうから、もし可能であれば、ここだけの話で終わらせていただければ非常にうれしいと思います」
「バーンズ殿、あなたは素晴らしい。あなたがルトニア王国へ派遣されたことに納得できます」
商都ハンザが介在したと確定的なことは何一つ言わずに答えたバーンズに、ラルフ伯爵は満足していた。
陰謀の全容を解明したいとは、彼自身も思っていなかった。
何より、ルーク王が積極的ではなかったからだ。
ファルジュ王では限界が見えていた。
サイサリス公国が王都に攻め込んだ時も、彼は適切な対応を取ることができなかった。
優秀なリアム侯爵をフランク王国との前線に送り続け、その功績を正当に評価することもなかった。
歴代のルトニア王は、初代アルバート王の血統を重要視してきた。
しかし、ルーク王によってその価値は全く意味をなさないものとなるだろう。
ラルフ伯爵は、ルトニア王国が再興したことに、静かに納得していた。




