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【063】フーバーの右腕バーンズ

バーンズという男は、十代の頃からフーバーのもとで働き始めていた。

その聡明さを買われ、早くから商都ハンザの運営に携わってきた。


年の頃は三十ほど。中肉中背で目立たぬ容貌ながら、その内に隠された才覚は並ではない。


一見すれば平凡に見えるが、頭の回転と洞察力は群を抜いていた。

相手の思考を表情から読み取り、会話すれば意図を即座に察する。

それでいて、最後まで相手の言葉を聞き切る余裕を備えていた。


今や評議会の誰よりも鋭く、やがては自分ですら敵わなくなるかもしれぬ。

フーバーはそう内心で思っていた。


そして何より、彼との会話は楽しかった。


「かしこまりました。

黒蜘蛛戦争で鮮やかな手並みを披露したルーク王は、フランク王国とも和睦し、姫君を迎えるとのこと。今後の方針、実に興味深いです。

それに、戦勝と婚約のお祝いを届けるには、良い機会でもありましょう」


「そうだな。長年争っていた国が、サイサリス公国のルトニア王国への侵攻を機に和睦し、婚姻関係を結ぶという離れ業だ」


フーバーは肩をすくめて続けた。


「ルトニア王国とフランク王国は、もとは一つの国だった。

初めから争わず、同盟と婚姻を結んでいれば、サイサリス公国の侵攻も無かったはずだ。

結局のところ、ルトニア王国は国と王を失って初めて、その真理に気づいたのだろう」


バーンズが静かにうなずく。


「まさにその通りです。

国家を成り立たせる上で、体面や面子を重んじるのは常のこと。

我ら商都の論理とは、まったく異なるものです」


フーバーは視線を遠くへと向けた。


「その体面と面子だが、今後、ルトニア王国がアンドラ公国とどう向き合うかは注目に値する。

開戦に踏み切るのか、それともサイサリス公国がルトニア王国に対して行った侵略の賠償を求めるのか。

サイサリス公国が滅んだ今、その矛先はアンドラ公国に向かうのか。

あるいはアンドラ公国に対し、ビアトリクス公女の首を要求するかもしれんな」


「確かにその通りでございます。

サイサリス公国を併呑したアンドラ公国にとって、亡きオリバー大公の正妃アデイラ公妃は、現大公シュール殿の実の妹にあたります。両国の結び付きは浅からぬものと申せましょう。


ゆえに、表向きには血縁を理由としてアンドラ公国がサイサリス公国の処理を引き受けたと説明することも可能かと存じます。


しかしながら、ルトニア王国が一連の責任をすべてアンドラ公国に押し付けるには無理があります。アデイラ公妃の存在はあくまで口実に過ぎず、実際は自らの勢力拡大を目的として行動したと見られるのが自然です。


加えて、責をすべてアンドラ公国に帰することは、ルトニア王国にとっても不利益となる可能性がございます。あまりに強く非難すれば、商都ハンザをはじめとする周辺諸国からも、過剰な対立姿勢と受け取られかねません。外交上の立場を狭める結果ともなり得るのです」


バーンズが詳細な分析を口にした事に、フーバーは満足した。


「そうだな。

もし開戦となれば、ルトニア王国とフランク王国の連合軍がアンドラ公国と激突する。

その背後にはティモール王朝が控えている。必然、大規模な戦となる。

しかし黒蜘蛛戦争を終えたばかりのルトニア王国は国力が著しく低下している。そのような事態には至らぬはずだ」


「ええ。ルトニア王国としては大規模戦を避けると考えるのが自然でしょう。

亡きファルジュ王が残した負債が、いまやルトニア王国の選択肢を狭めているのです」


「そうだな。

もしルトニア王国が商都ハンザそのものを併呑しようとせず、我が娘アルルを奪おうとしなければ、状況はここまで悪化しなかったであろう」


「あの時、我々がただ従うしかなかったなら、商都ハンザは地図から消えていたはずです。

誇りも独立も、アルル様も、すべてを失う以外に道はなかったでしょう」


「だがバーンズよ、軍事力を持たぬ我々には抗う術などない。

そのために、ただ準備を整えるしかなかった。

自身の欲を満たすことに迷っていた者が進む理由を得られるよう、ルトニア王国の混乱、王宮の腐敗、そして王位継承争いの激化という情報を用意した。

さらに、武具や食料などの物資も、物流の経路も、すべてを揃えて差し出した」


「もちろんです。

黒蜘蛛戦争の始まりはサイサリス公国にあったとしても、我々が関与していたことは理解しております」


「サイサリス公国は己の意志で動き、ルトニア王国は自ら滅びを選んだ。

そして、ビアトリクス公女がアンドラ公国に捕らわれて、黒蜘蛛戦争は終わった。

ただ、それだけのことだ」


「かしこまりました。

ルトニア王国がアンドラ公国との戦争を望んだ場合、それはそれで商都ハンザが潤うと評議委員会の中で言う者もおりました。

ですので、どちらにせよ、という考え方もございます」


「そうした見方もある。

だがバーンズ、私は以前にも言ったはずだ。

戦争を前提とした商売は、健全とは言えん。

確かに物は売れる。

だが、売れてしまうこと自体が悲劇だ」


フーバーは言葉を切り、ゆっくりと続けた。


「我々が商都として立つ以上、困っている者に力を貸す立場でなければならない。

それを忘れれば、ハンザの繁栄などすぐに色あせる」


フーバーはそこで、ふと過去を振り返るように視線を落とした。


「だが、何度も言うように、さすがにそこまでの事態は避けられるだろう。

ルトニア王国は、戦乱で傷ついた国内の復興を最優先とするはずだ。

アンドラ公国も、後ろ盾であるティモール王朝に、かつてほどの力が無いことを理解しているだろうからな。

双方とも、どこかで妥協点を見つけるはずだ」


「おっしゃる通りです。

ティモール王朝の威勢は、もはや過去の栄光に過ぎません。

彼らの支援だけで押し切れるほど、今の情勢は甘くないでしょう」


バーンズは落ち着いた口調で言葉を続けた。


「ルトニア王国については、私が直接赴き、実情を探ってまいります。

そのあたりの思惑も含め、きちんと報告いたします」


「それと、ルーク王の側近で宰相格と目されるラルフ子爵にも接近しておいて欲しい。

今回、サイサリス公国に囚われていたルーク王を救出し、さらに王都奪還作戦の指揮を執った手腕は見事だった。

まさに反転攻勢の鍵を握った人物であったな。


注目すべき人物はもう一人いる。リアム侯爵だ」


「はい。

フランク王国との和睦と婚姻を実現させたのは、軍事的支柱であるリアム侯爵だったと伺っております。

戦の最中でありながら合意にこぎつけた能力は、まさに見事というほかありません。

その結果、アラスター侯爵らの軍も束縛を解かれて自由に動けるようになり、サイサリス公国を追い詰める決定打となったのでしょう。


宰相格のラルフ子爵と軍事的支柱のリアム侯爵。

この二人の要が機能したからこそ、ルーク王の反転は成し得たのです」


「そうだ。

後、少し気になる話がある。

ルーク王とラルフ子爵は、今回の黒蜘蛛戦争がどこか不自然だと感じているようでな。

どうやら、裏で商都ハンザが一枚噛んでいたのではないか、そんな疑念を抱いているらしい」


「アンドラ公国との対立を後回しにしてまで、我々との関係を悪化させるような真似を、すぐに取るとは考えにくいですが、念のため、調べておきます」


バーンズは驚きを抑え、冷静に答えた。

ルーク王達が商都ハンザの介入に気づいているという。

そのはずはないと思っていた。


ルトニア王国が滅亡するという混乱の中で、我々が提供した情報からは、手掛かりは残らなかったはずだ。

しかし、フーバー代表が無駄に警戒する人物でないことは、よく知っている。


情報収集に余念がなく、複数の経路から裏付けを取っているはずだ。

そして、フーバーが「気になる」と口にした以上、何かを掴んでいるに違いない。


「ルトニア王国への使者は私が行くとして、アンドラ公国への使者はどなたを送るおつもりですか?」


「シモーネを行かすつもりだ」


バーンズは、フーバー代表からシモーネの名を聞き、人選に深く納得した。

シモーネは、商都ハンザの運営に欠かせない存在である。

二十四歳の女性で、見る者を魅了する容姿を持ち、聡明さと冷静な判断力も兼ね備えていた。

アンドラ公国のシュール大公のような男であれば、その美貌に心を揺さぶられないはずがない。


「これは、シュール大公にとってなかなか辛辣な人選でありますね。

あの方は必ずシモーネの見栄えに惑わされるでしょう。

そうなれば、隙も生まれるはずです」


「そうだな。

シモーネにとって、シュール大公に取り入ることなど容易いことだろう。

それと、サイサリス公国のビアトリクス公女が捕らわれているという話もある。

そちらとも、うまく関係を築いてもらいたいものだ」


バーンズは、流石はフーバー代表だと感嘆した。

既に先を見据えた布石を打っている。


「では、これにて失礼します。

明朝、ルトニア王国へ向けて出発いたします。

まだ三十一歳のルーク王は、私より二歳年上ですが、同年代ということもあり、これから長い付き合いになるでしょう。

私自身も非常に興味があります。


それに、周囲の陣容も併せて確認し、誰がどのような方法で我々の動きを察知したのか。

そのあたりも調べてまいります」


「他に任せる人間がいないわけではないが、バーンズ。

おぬしなら確実で正確な報告をしてくれると思っている。

よろしく頼むぞ」

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