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【062】商都ハンザ

サイサリス公国のビアトリクス公女がアンドラ公国に捕らわれてから十日後。


窓の外には石畳の通りと整然とした建物が並び、賑わう人の波が絶えることはなかった。

ここは商都ハンザ。

三百年前、ルグルスの大森林の南端に築かれた小さな軍事拠点は、今や大陸随一の市場へと成長している。


フーバー代表は窓から目を離し、静かに語り出した。


「祖であるエイダン侯爵が築いた軍事の拠点も、今では交易の中心だ。森を切り拓き、湖沿いに街道を通したことで、かつて二か月かかったルグルスの大森林の通り抜けも一月で済むようになった。サマイテン山脈を避ける道を整備したことも大きい。物流はすべてこの街に集まる」


バーンズが深く頷き、言葉を添える。


「道が通じて以降、南北を結ぶ要衝としてこの都市は発展を続けてきました。

交易の品も人も、必ずここを経由します。大陸全土の富と情報が、この石畳の上に流れ込んでおります」


フーバーはその言葉を聞きながら、目を細めて外の通りを眺めた。

三百年の歳月が育てた繁栄の光景が、窓の外に広がっていた。


バーンズが続けた。


「年に四度の定期市には、フランク王国やドライゼン帝国、サイサリス公国、ティモール王朝、ザルツ王国まで顔を揃えます。

今や、ハンザの市に参加しない国はありません。

市が開かれるたびに各国から使節と商人が押し寄せ、この街の石畳は人で埋め尽くされます」


フーバーは口元に薄い笑みを浮かべる。


「だが我らが扱うのは物品だけではない。信用だ。

この大陸にある三十六の出張所を通じて資金を貸し、各国に影響を及ぼしている。

信用を得られぬ国は取引の網から外され、孤立する。

貸した金が返らなければ領地を受け取る。飛び地には代官を置き、農地を拓かせる。

結果として現地の物流にも貢献する」


バーンズは静かに頷き、補足した。


「実に巧みな仕組みです。

ただの商業都市ではなく、大陸の秩序を左右する金融と物流の中心。

各国にとってハンザと取引せぬことは、自らの首を絞めるのと同じことです」


フーバーは再び窓の外を見やり、賑わう市の喧噪に耳を澄ませた。

定期市の賑わいと、各地に張り巡らされた信用網こそが、商都ハンザの真の力だった。


しばらくして、バーンズは声を落とした。


「戦の始まりを振り返れば、発端はファルジュ王でした。

あの王が商都ハンザそのものを併合しようと望んだのです。

大陸の秩序を支える市場を、一国の懐に収めようとするなど正気の沙汰ではありませんでした」


フーバーの目が鋭く光った。


「王が己の欲に溺れたことこそ、破滅の種だった。

我が娘アルルを手に入れようとした愚かさも、その延長に過ぎん」


バーンズは、言葉を続ける。


「ベネット侯爵の領地を没収するという噂をコンラッド侯爵に流したのも効果的でした。

彼の不安は増幅され、やがて裏切りへと傾いた。

同時にサイサリス公国には、コンラッド侯爵が動揺していると伝えておきました。

ルトニアが内部から崩れると信じさせるために」


フーバーは低く呟いた。


「アンドラ公国には、ルークが王都奪還に動くと知らせた。

オリバー大公の死を契機に備えを整えさせた。

その結果、アンドラ公国は一兵も損なうことなくサイサリス公国の地を手に入れた」


バーンズは深くうなずいた。


「いずれも彼らは、自らの意思で動いたと信じています。

実際には、我々が仕組んだ筋書きに従っただけに過ぎません」


フーバーは深く息を吐き、椅子の背に身を預けた。


「戦乱の中で、我らが名を一切出さずに済んだ。それが最も大きい成果だ」


バーンズもうなずく。


「評議会の皆さまは、今回の戦で商いが繁盛したことに満足しておりました。

武具や薬、食糧の取引は記録的な水準に達し、商都ハンザは大きく潤いました」


フーバーは静かに首を振った。


「だが、それはあくまで結果論にすぎない。

戦を前提に商売を喜ぶ者がいることは、私には危うく映る。

商都が永らえるためには、利益だけを追うのではなく、困窮する者に力を貸し、再び立ち上がらせる存在でなければならん」


バーンズは姿勢を正し、言葉を添えた。


「信用を与えることで結局は彼らが立ち直り、結果としてこの都市の強さにつながる。

フーバー様のお考えはそこにあるのですね」


フーバーは短くうなずき、遠くを見つめた。


「戦いに翻弄された者たちにこそ、我らが差し伸べるべきだ。

誤って生まれた混乱の中に、正しく商機を見出すのが我らの務めである」


フーバーはしばし黙した後、口を開いた。


「サイサリス公国のオリバー大公は、あまりに真っ直ぐすぎた。

武人としては優れていたが、融通が利かぬ。商いの理など顧みず、力で全てをねじ伏せようとした。

もし生きていれば、いずれハンザを軍事で脅かしていたに違いない」


バーンズが応じる。


「一方で、アンドラ公国のシュール大公は自尊心と虚栄心に満ち、欲を隠すことができぬ御方です。

妹君のアデイラ公妃を通じて、一兵も損なうことなくサイサリス公国の大半を手に入れました。

その結果、大公としての威信も、内政での発言力も格段に増しました。

しばらくは満足して、大人しくしていることでしょう」


フーバーは薄く笑みを浮かべる。


「だが、満足というものは長続きせぬ。

欲深き者は必ず、さらに大きなものを求める。

その時こそ、我らが再び手を打つ好機となる」


バーンズは静かにうなずいた。


「その時はまた、釘を刺してやればよいのですね」


フーバーの視線は窓の外へと向けられた。


「そうだ。そして今のルトニア王国の主は、若きルーク王だ。

治世を始めたばかりの彼が、どのような王であるのかを我らは見極めねばならん。

隣国である以上、より良い関係を築いておきたいと考えている。


皇太子時代のルークは常識人という印象を受けていた。

だが黒蜘蛛戦争では、あらゆる策を巡らせた。

蜘蛛の巣のごとく緻密な戦略を張り巡らせ、敵を絡め取ったのだ。


底の見えぬ人物でもある。


ファルジュ王のような愚劣な王にはならぬだろう。

だが今後、我らハンザにどのような態度を取るかは分からぬ。

油断は禁物だな。


そのあたりも含めて、他の者ではなく、おぬしに直接赴いてもらいたい」


そう言って、フーバーは改めてバーンズに視線を向けた。

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