【061】裏切り者コンラッド侯爵の最期
ビアトリクスに逃げられた事は残念でしかなかった。
しかし、当初の目的であったルトニア王国の再興はなった。
それでも、なした事に比べると驚くべき少数の犠牲であった。
しかし、ルーク王には、まだやるべきことが残っていた。
裏切り者のコンラッド侯爵の討伐だ。
許される事ではない。王国東側を所有し、東からの脅威であるアンドラ公国とサイサリス公国の障壁となるべき存在でありながら、その脅威であるサイサリス公国軍を招き入れ、共に王都に攻めこんできたのである。
「ラルフ子爵、リアム侯爵、わかっているだろうな。
ビアトリクスには逃げられたが、許さざる人間がもう一人残っている」
「ルーク王、お気持ちは十分すぎるほど理解出来ます。
彼の裏切りにより、王都では多くの王族が亡くなり、ファルジュ王もオーウェン丞相も打ち首にされ亡くなりました。
しかし、これからは復興とルーク王の統治を考えねばなりません。
それでもコンラッド侯爵を討ちますか」
今回の戦で最も功績があったラルフ子爵が問いかけた。
「ラルフ子爵は、コンラッド侯爵の討伐を反対するのか」
「決してその様な事はございません。
オリバー大公が亡くなった事を知ったコンラッド侯爵は領地に戻っている事でしょう。
我々が北から、南からベネット侯爵が攻めれば、彼は逃げ場を失う事になるでしょう。
しかし、彼を追い込んでルトニア王国内で同士討ちを行いますか。
今後、我々はサイサリス公国に対して報復戦を行う必要があります」
「リアム侯爵、そなたはどのように考える」
ルーク王は性急に答えを出さずに問いかけた。
「そうでございますね。
私は、コンラッド侯爵を許すべきではないと思います。
彼は、ファルジュ王の下では自らの身の安全が図れないと考えていた節がありました。
思い当たることがいくつかございます。一つは南部ベネット侯爵の領地を王家が取り上げると信じていたこと。一つはサイサリス公国の侵攻に際し、王家が自らを見捨てると恐れたことです」
リアム侯爵の声は重く揺るぎなかった。
「彼は王国の柱であるはずの東方を守らず、むしろ敵を招き入れた。
罪は万死に値します。討たねばなりません」
軍議の場に沈黙が広がった。
その時、伝令が駆け込んできた。
「ご報告致します。アンドラ公国がサイサリス公国を併吞いたしました」
「なんだと。アンドラ公国がサイサリス公国を併吞しただと!」
ルーク王は、驚きのあまり、報告者の言葉を繰り返した。
報告を受けて驚いたのは、ルーク王だけではなかった。リアム侯爵、ラルフ子爵も同様であった。
即座にラルフ子爵は、考えを巡らした。
「全くの想定外です。
アンドラ公国とサイサリス公国は政略結婚によって結ばれ、両国は表向き友好関係にあったはずです。
それをアンドラ公国は、オリバー大公の死去を待ち構えていたかのように周到にことを運び、この短期間で軍を整え、公都を抑えました。
尋常のことではありません。
この動きは偶然や成り行きではなく、綿密な準備がなければ到底成し得ぬものです。
サイサリス公国を吸収したアンドラ公国はかつてない力を得たことになり、東方からの脅威はこれまでにない規模へと膨れ上がるでしょう」
リアム侯爵は、ラルフ子爵の言葉を受けて、流石だと思った。
アンドラ公国がサイサリス公国を併吞したという言葉を聞いただけで、一瞬で考えを巡らせ、起こる事を紐解き、言葉として説明した。
歴戦の将は、若者と話すことを楽しむように問いかけた。
「流石だな。まさしくその通りだろう。
そして、昨日逃げられたはずのビアトリクス公女も、今やアンドラ公国の手中にあると見てよい。
この状況でもコンラッド侯爵を許した方が良いと言うのか」
「リアム侯爵、私は頑固者ではありません。当然、状況が変われば考えも変わります。
もしコンラッド侯爵がそのアンドラと手を結ぶなら、ルトニア王国は再び攻撃される可能性が出てきます。
今こそ、裏切り者に裁きを下すべき時です」
コンラッド侯爵との戦は負ける戦ではない。
こちらが主体を持って結果を決めることができる。
その安堵感が、アンドラ公国がサイサリス公国を併吞したという報告を受けても冷静さを保たせていた。
その気安さから、リアム侯爵はふと思わぬことを口にした。
「どうだ、わが軍の兵力は一万二千。
このままアンドラ公国の公都を目指して攻め込むか。
アンドラ公国はサイサリス公国を併吞するのにかなりの兵力を割いており、公都は手薄だと思われる。
距離にして七百キロ、急げば二十日で到着できるぞ」
ラルフ子爵はすぐに応じた。
「流石はリアム侯爵。
私などが思いもよらぬ勇猛なお考えです。
しかし、ルトニア王国は再興したばかりで、領内にはまだコンラッド侯爵が健在です。
内政を疎かにして栄えた国は一つもありません。
最終的にはルーク王がご判断なさることですが、私は王がそのような決断を下されるとは思えません」
ルーク王は二人の意見を聞き、重々しく口を開いた。
「リアム侯爵、冗談もそれくらいにしておけ。
私は今、この段階で大陸を統一したいなどとは思っていない。
まずはルトニア王国の再興と復興だ。そのためには、ラルフ子爵、リアム侯爵、そしてベネット侯爵を中心に国の仕組みを整えることが欠かせぬ。
その上で、コンラッド侯爵がアンドラ公国と手を結ぶ前に、我らが裁きを下さねばならぬな」
やがて命令は全軍に伝えられた。
南からベネット侯爵、北からルーク王軍。
挟撃を受けたコンラッド侯爵は領地に孤立し、抵抗する術を失った。
やがて追い詰められたコンラッド侯爵は、城を放棄して逃げ出した。
既に彼には援軍の見込みがなかった。庇護すべきサイサリス公国そのものが、もはや存在していなかったのである。
それでも彼は滅びた国、サイサリス公国に向かって歩を進めた。
自分を匿ってくれる者が、まだどこかにいるはずだと信じたからだ。
しかし、ルトニア王国とサイサリス公国の境界で、彼は名もなき農民に討ち取られた。
サイサリス公国を引き連れ、ルトニア王国を戦火に巻き込んだ裏切り者として、ルトニアの民の恨みを一身に受けたのだ。
そして、彼の最後の言葉を耳にした者はいない。
「商都ハンザめ!」




