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【052】アンドラ兄弟と潜む切り札

「レギレウス将軍、シュール大公との話はどうだったのか」

非常に太い声で問うたのは、ブレントだった。


レギレウスは、この孫たちを心からかわいく思っていた。

もっとも、それは容姿の愛らしさではなく、戦乱を生き抜く力を備えていることへの誇りに近い感情だった。


ブレントは二十七歳。

身長は百七十センチを少し超える程度で、顔は大きく、唇は厚く、いかり肩で肩幅も広い。

まさに武人らしい体格をしていた。


弟のザルファは二十五歳。

身長は兄よりやや低く、顔つきや体つきは非常によく似ている。

だが、見分けるのは簡単だった。

兄は短髪で、弟は長髪だからである。


父親がかつて兄弟で大公の座を争った経緯があったため、

ブレントとザルファの兄弟は、生まれた時から明確な役割を与えられていた。


兄のブレントは将来の大公として育てられ、

弟のザルファは、兄を支えることこそが絶対だと教え込まれてきた。


そのため、兄は弟を頼りにし、弟は兄を助けることを当然の務めとする。

二人はその関係を自然に受け入れ、兄弟仲も非常に良好であった。


レギレウスは、この関係性を何より重視していた。

そして、結果には大いに満足している。


兄弟はそろって勇猛であり、さらに獰猛でもあった。

平時には不要ともいえる性格だが、今は乱世である。


その性質は、父であるシュール大公にとっても、

レギレウスや家臣たちにとっても、必要であり好ましいものと受け止められていた。


「親父はなんて言っていた」


ブレントの言葉には、尊敬や畏敬の念はほとんど感じられなかった。


不幸なことに、ブレント兄弟は父親であるシュール大公を心から尊敬できていなかった。

理由は一つではない。


母を顧みず、見境なく他の女性を囲ったこと。

大公の継承権を与えなかったものの、別の女性に子を産ませていること。

そして、アンドラ公国の政務はレギレウスに、軍務はブレント兄弟に任せきりであったこと。


挙げればきりがなかった。


「今回、ルトニア王国の攻略に成功したサイサリス公国に対して、貢物を要求するようにと言われました」


レギレウスは、苦虫をかみ潰したような顔でそう告げた。


「どのような理由で貢物を受け取ることができるのだ」


本当に意味が分からないという様子で、ブレントがレギレウスに尋ねた。


「サイサリス公国にアデイラ様が嫁がれていることから、後顧の憂いなくルトニア王国の攻略ができた、という理由だそうです」


「じい様、親父は正気だったのか。いや、正気なのは分かっているが、本当にそのようなことが通用すると思っているのか。まさか承知してきたのですか」


弟のザルファが、兄より少し丁寧な口調で尋ねた。


「辛辣な言葉が出そうなので、お答えはしませんでした」


「それはそうだろう」


と兄弟が声を揃えて応じた。


「親父にも困ったものだ。レギレウス将軍、それで今後の対策はどのように考えているのだ」


「現状では手の打ちようがありません。すでにルトニア攻略を終えており、残るはフランク王国と対峙中のリアム侯爵を討伐すれば、完全制圧となります。


生き残ったルトニア王国の王族たちや残存兵力が結集するとは思われますが、フランク王国と長く戦っている状況です。サイサリス公国が攻略しなくとも、いずれフランク王国に占領されるでしょう。


大公からは、ティモール王朝に貢物を送り、何かあった際の後ろ盾を得るようにと命じられました」


「現状では打つ手なしか。親父の言う通り、宗主国に近づくことぐらいか」


ザルファがそう言うと、


「いっそのこと、サイサリス公国に攻め込むか」


とブレントが言った。


レギレウス将軍とザルファがブレントを睨みつけると、


「冗談として聞いてくれ。親父ではあるまいし、さすがに俺でも、この状況で友好国のサイサリス公国をアンドラ公国が攻めればどうなるかくらいはわかる。


周囲の国々から、この大陸に存在する価値が無いと見なされ、総攻撃を受けるだろう」


と手を振った。


「しかし、サイサリス公国が隙を見せれば、やっても良いことだろう」


不敵な笑みを浮かべる。


「サイサリス公国が今回のルトニア王国の攻略に失敗していれば、友好国を助けるという大義名分と、アデイラ様救出という名目で兵力を送ることはできました。


ですが、それでもサイサリス公国を攻めるとなれば、あまりにも強引だと思われますね」


「しかし、このままサイサリス公国が強大になれば、いつの日かアンドラ公国が膝を屈する日が来るとも限らない。それはお互いさまではないのか」


「なかなか勇猛なことだとは思いますが、周囲から攻め立てられる事態に耐えるだけの国力が必要と思われます」


「では、それだけの国力が得られれば、しても良いということなのか」


「はい。ブレント様の言う通り、それだけの国力があれば、サイサリス公国だけでなく、宗主国であるティモール王朝をも攻略し、大陸統一を目指すことも可能です」


「まだまだ先の話だな。

ザルファ、しばらくは兵たちを鍛錬し、いざという時に備えよう。

レギレウス将軍はティモール王朝との折衝、それとアデイラ叔母様から情報収集をしておいてくれ」


話が一段落すると、レギレウスは静かに腰を上げた。

脇机の引き出しに手を伸ばし、革張りの文筒を取り出す。

そこから一通の手紙を抜き取り、ブレントとザルファに見せた。


「実は、昨夜アデイラ公妃から手紙が届いた」


ブレントとザルファが目を見交わす。

珍しくもないはずの手紙に、祖父がわざわざこの場で触れたことに、二人は一瞬だけ緊張を走らせた。


「公的な文面ではある。だが、言葉の選び方、行間の空気に、私は明確な意図を感じる」


レギレウスは手紙を、机の上にそっと置いた。


二人が自然と身を乗り出す。


「端的に言えば、こうだ。サイサリスに隙があれば、私はそれを見逃さぬ。

しかも、場合によっては動くと」


「叔母上が?」


ザルファが息をのむ。


ブレントは眉をひそめながらも頷いた。


「やはりな。あの方が、黙って従うだけの女ではないことくらい、子どもの頃からわかっていた」


レギレウスは手紙を一度だけ撫でると、静かに言葉を続けた。


「さらに、彼女は、かの傭兵団もまた、選択肢の一つとなると匂わせている。どう思う?」


「それは、我々と連携の可能性があるということですか?」


「明言は避けている。だが、今のうちに動いておけば、後で後悔せずに済む。そういう文だ」


重苦しい沈黙ののち、ブレントが笑った。

不敵に、だが確かに愉しげに。


「ようやく、こちらにも“切り札”らしきものが見えてきたということか」


レギレウスはうなずいた。


それは、水面下で情勢が動き出す気配が、確かに漂っていた。

彼ら兄弟にとって、サイサリスはもはや友好国ではなく、

潜在的な脅威となる隣国へと変わりつつあった。

アデイラ叔母は今も丁寧に遇されていると聞いていた。

だが実態は、人形として飾られているに過ぎない。

幼いころ、心から憧れていた女性が、そのような扱いを受けている。

それこそが、兄弟がサイサリスを信用できない、何よりも強い理由だった。

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