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【049】ダレル団長の帰還

ルトニア王都でオリバー大公が暗殺された日。


王都から五百三十キロ離れたサイサリス公都では、ダレル団長が五千の傭兵団を率いて帰還していた。


彼の部隊はサイサリス公国軍の中でも屈指の戦力を誇り、戦局に与えうる影響は決して小さくなかった。だが、傭兵団の一部が暴走した事を理由に、先行帰還が命じられたのである。


それが果たして真の撤退判断だったのか、あるいは意図的な排除だったのか、今となっては誰にもわからない。


やがて公都に到着したダレル団長は、不愉快な顔を繕うことなく重い表情で城門をくぐった。

だが、そこに待ち受けていたのは数名の文官だけであった。


あまりに寂しい出迎えに、ダレルは顔色を変えた。


「これが、私を迎える人数か。まるで罪人の扱いだな」


文官たちの顔が引きつる。だがその怒りは、すぐに剣幕となって爆発した。


「私は今回の作戦において、それなりの働きをしたはずだ。

罪なき者をこのように扱うとは、どういう了見だ!」


その声に、城門近くにいた公都の住民たちが何事かと足を止め、遠巻きに様子を伺い始める。


「ダレル団長、こちらでは人目もございます。ご説明は後ほど別室にて行います」


文官たちは泣き出しそうな顔で懇願したが、ダレルの怒りは収まらない。


「人目を気にする必要があるのは罪人だ。私は違う。

私はオリバー大公と共にこの国を築いてきた。

その私が、自国に戻ってこの扱いとは、如何なることか。

そなたたちの言い分を聞こうではないか!」


その迫力に、文官たちは裾をかき合わせ、ひれ伏すように膝をついた。


「団長のご帰還につきましては、アデイラ公妃にお伺いを立てました。

その結果、文官のみでお迎えし、入城後はすぐに私室へお通しするよう仰せつかっております。

加えて、公妃ご自身が直々に、団長をお労いになるとのことでございます」


その名を聞いた瞬間、ダレル団長の顔つきが変わった。


「そうか、アデイラ公妃のお考えであったか。

それならば、もっと早くそう伝えていればよいものを。

往来でそなたたちを叱責する必要もなかった」


ダレルは態度を和らげ、背を向けて歩き出した。


「よい。アデイラ公妃に、帰国の挨拶に伺うとしよう」


その名を耳にした途端、彼は態度を改めた。

アデイラ公妃はサイサリス公国の建国に深く関わったアンドラ大公家の縁者であり、その縁故によって若くしてオリバー大公の正妻として迎えられた人物である。

今なお勢力は限られていたが、一定の政治的影響力を保持していた。


ダレルにとって、決して軽んじられる存在ではなかった。


結局、文官たちはアデイラ公妃のもとに泣きついた。

いつものように「私は関知しません」と突き放されると覚悟していたが、意外にも今回は具体的な指示が下された。


文官のみで出迎え、入城後ただちに私室へ案内せよ。私から直接、功を労う。

突然の寛容な対応に、文官たちは戸惑いながらも出迎えの準備を進めた。

アデイラの私室に通されたダレルは、やや緊張した面持ちで声を張った。


「アデイラ様、ご無沙汰しております」


久しぶりに見る公妃は、今もなおその美しさを保っていた。さすがに若い頃のままというわけではないが、年齢にふさわしい気品と艶をまとっている。肉付きの良い身体に目を奪われながら、ダレルは思う、やはり、この方は高嶺の花だ、と。


ダレルは若き日、オリバー大公と共に野盗まがいの戦を経験しながら成り上がった男だ。一国で五千の兵を預かる将となった今も、己の出自を忘れたことはない。その彼にとって、アンドラの姫として生まれ育ったアデイラは、決して届かぬ存在だった。


だが、それでも、いや、それゆえに、彼女への想いは胸の奥深くに燻り続けていた。今回の帰国命令も、表向きは落胆すべきものだったが、内心では、アデイラに再び会えることを喜んでいた。


「ダレル団長、お疲れ様です。このたびのルトニア王国でのご活躍、しかと聞いております。さあ、どうぞお座りください」


艶を帯びた声と共に、彼女がソファを示す。ダレルはまるで夢見る少年のように、その声に聞き惚れていた。


「恐縮です。今回は、傭兵団の一部が補給で混乱を招きまして、我々だけが先に帰国することとなりました。まだ現地で働ける余地はありましたが、やむを得ず」


言葉こそ残念そうだったが、心のうちはまるで違った。目の前のひとときを、ただ楽しみたかった。


「それはお気の毒でしたね。ダレル団長とあらば、機会さえあれば必ずや功を立てられたでしょう。

それと、城門での件、耳にしております。ご不快な思いをされたとか。

公都を預かる者として、お詫び申し上げますわ」


アデイラは穏やかな口調でそう告げた。

ダレルは、その声音にまた一つ、心を溶かされていくのを感じていた。


「いえ、アデイラ様のご指示であれば、私が申し上げることは何もございません」


ダレルが静かに頭を下げると、アデイラは微笑を浮かべた。


「そう言っていただけると助かります。

実のところ、今回のご帰還に際して、文官たちが私に対応を相談してきまして、困ってしまいましたの」


「はは、文官たちが、ですか」


「ええ。ご存知の通り、私には公妃としての実権はほとんどございません。ですので、他の武将に命じて出迎えをさせることもできず。それならば、せめて私が直接お迎えし、労をねぎらうべきかと考えたのです」


「そのお心遣い、痛み入ります。公妃自らのお声掛けは、このダレルにとって何よりの誉れでございます」


ダレルは丁寧に礼を述べながらも、アデイラの柔らかな物腰に見惚れていた。



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