【048】アレックス隊長、壊滅を見届けて
そこへ、アレックスが駆け戻ってきた。
息を弾ませながらも、その表情は晴れやかだった。
「我々の部隊は、チェド湖の西側を南下して偵察任務に就くことになった。
本隊との合流は、サイサリス公国の領内に入ってからになる」
任務が正式に認められたことを、どこか誇らしげに告げるその姿に、デレクたちは思わず声を上げて笑った。
「おい、あれを見ろ」
デレクが指さした先では、東へ退却する味方の後方にルトニア王国軍が迫っていた。
後方の部隊が足を止め、急いで陣形を整え始めた。
「退却を諦めて、迎撃に移ったようだな。
アーロン将軍が敵を食い止められなかったのか」
バイロンの言葉に、デレクは目を細めた。
「それにしても、追撃が早すぎる」
一同は会話を止め、遠くの戦況に目を凝らした。
「味方が襲われている。
我々も戻って援護すべきではないのか」
アレックスの言葉に、デレクはすぐさま首を振った。
「我々が戻ったところで、十名では何もできません。
それに、我々には西岸を偵察する任務があります」
「だが、味方を見捨てるわけには」
「ここで戻れば、俺たちまで敵に囲まれます。
坊ちゃん隊長、ああなる可能性があるからこそ、本隊から離れたのでしょう」
アレックスは言葉を失った。
そのとき、一人の兵が切迫した声を上げた。
「山の斜面から、ルトニア王国軍が現れています」
誰もが息を呑んだ。
チェド湖の北側を通る街道へ、山の斜面から無数のルトニア王国兵がなだれ込んでいた。
先頭の部隊は間一髪で襲撃地点を抜けたが、隊列の中ほどにいた部隊は敵の直撃を受けた。
兵たちは逃げ場を求めて押し合い、指揮官の命令も届かないまま、隊列は見る間に崩れていった。
そこへ、後方から追いついたルトニア王国軍が襲いかかった。
丘の上までは、味方の悲鳴も武器のぶつかる音も届かなかった。
それでも、逃げ惑う兵や次々と倒れていく仲間の姿を見ていると、聞こえるはずのない悲鳴が耳の奥に響くようだった。
山の斜面からは、なおもルトニア王国兵が現れていた。
その勢いに押し潰され、組織立って抵抗する味方の姿も次第に見えなくなっていった。
アレックスは息をすることも忘れ、その光景を見つめていた。
「我らのサイサリス公国軍が、これほどまでに」
それ以上、言葉を続けることはできなかった。
デレクはアレックスの背を軽く叩き、いつもの調子を装って呼びかけた。
「さて、坊ちゃん隊長。行きましょう。
我々は、生き残らなければなりません」
「お前は」
味方が討たれているというのに、何も感じないのか。
アレックスはそう言いかけたが、振り返ったデレクの顔を見て口を閉ざした。
デレクの目は笑っていなかった。
唇を強く噛み締め、湧き上がる悔しさに耐えていた。
「壊滅です」
デレクは、それだけをつぶやいた。
あの乱戦から、どれほどの兵が生き延びられるのか、誰にも分からなかった。
今は、自分たちが生き残るために動くしかない。
十名は涙をこらえ、味方が討たれていく光景を目に焼き付けた。
この日のことを、決して忘れないために。




