【043】デレクとバイロン、西門の戦場にて
西門から侵入したルトニア王国軍を迎え撃つため、サイサリス公国軍は王宮から出陣した。
激しい戦いの中で、互角に渡り合っていた。
ルトニア王国軍と民衆が力を合わせても、サイサリス公国軍を圧倒することはできなかった。
むしろ、サイサリス公国軍の強さが際立っていた。
かつて、ルトニア王国の王都を一日で陥落させたその力は、今なお健在だった。
西門から侵入してきたルーク王の姿が目に入る。
サイサリス公国軍の兵士であるバイロンとデレクは、目の前に広がる戦況を見つめながら、戦いを繰り広げていた。
「くそっ、目前に敵の総大将が見えているのに、近づくことすらできん!」
バイロンが歯噛みしながら叫んだ。
視線の先には、堂々たる姿で兵たちを指揮するルーク王。
その姿は、兵士たちの士気を高める象徴のように輝いていた。
「ルトニア王国の民衆が、我々の周囲で非常に厄介な動きをしている。
このままでは思うように動けん」
デレクが冷静に言いながら、周囲の動きに目を光らせる。
民衆は武器らしい武器も持たず、正面からは決して挑んでこない。
だが遠目からは石や煉瓦を投げつけ、背後からは群れて現れ、隊列から離れた兵士を襲ってくる。
まるで狩りを行う狼の群れのようだった。
「くそっ、厄介な敵だ」
バイロンが怒気を含んだ声で呟く。
「民衆はろくな装備をしていない。討ち取るのは容易い。
だが、その民衆の前に立ち塞がっているのが、ルトニア王国軍だ」
デレクが淡々と状況を分析する。
「民衆も厄介だが、それ以上に、ルトニア王国軍が予想以上に手ごわいな。
あの王宮を守っていた連中とはまるで別物だ」
バイロンが槍を振るいながら、不安を隠しきれずに吐き出す。
「確かに。こいつらが主力ということか」
デレクも槍を構え、前方の敵に目を向けながら、どこか納得したようにうなずいた。
二人は槍を振るい続けながら、互いに言葉を交わす。
その様子は普段通りにも見えたが、じわじわと押されている現状は否定できなかった。
ふと、バイロンが戦場の合間に振り返り、遠くにそびえる王宮を見つめる。
「あの王宮を手に入れるためにここまで来たのに、たった二か月で、このざまか」
絞り出すような声だった。その言葉には、戦いに懸けてきた日々への失望がにじんでいた。
「だが、まだ終わっちゃいない。
我々がこうして言葉を交わせる余裕があるうちは、サイサリス公国軍はまだ戦える」
デレクは静かに言い、バイロンの肩を叩いた。
「目の前の敵さえ抜ければ、その先に敵の大将がいる。戦局は、まだひっくり返せるかもしれん」
彼の声には、わずかな希望と、それを捨てまいとする意志が込められていた。
サイサリス公国軍の兵たちは、目の前の敵に固執していた。
総大将ルーク王を討ち取れば、この苦しい戦いが終わる。誰もがそう信じていた。
だが、ルーク王のもとにたどり着くまでには、幾重にも配置されたルトニア王国軍が立ち塞がっていた。その布陣が罠であることに、誰一人として気づいていなかった。
そもそもルーク王の部隊には、サイサリス公国軍を引きつけるという明確な役割があり、王都の深部までは踏み込んでいない。
それでも敵将の姿を目にした者たちは、戦局を見失っていった。
そんな中、戦場に一人の伝令が駆け込んだ。
「報告!北門、南門、両方面からルトニア王国軍が侵入!」
伝令の声は迅速に部隊内に伝達され、西門でルーク王を追っていたバイロンとデレクのもとにもすぐに届いた。
驚くほどに統率が取れていた。
指揮官から部隊長へ、部隊長から隊長へ、そして各兵士たちへ、情報は迷いなく共有され、素早い判断が下せる体制が整っていた。
その報告を聞いたデレクは、わずかに目を細め、状況を整理するように周囲を見渡した。
敵は、王都の複数の門から同時に攻め込んでいる。
「北門と南門から、ルトニア王国軍が侵入した模様だな。
だが、まだ我が軍の隊長たちは持ちこたえているようだ」
バイロンが視線を走らせながら、静かに言った。
その言葉に応じて、デレクが槍を突き出す。
「まったくだ。
こういう状況で冷静に、不利な情報を正確に伝えてくるあたり、さすがは我が軍ってところか」
そう言いながら、目の前の敵をひとり突き倒し、ふっと笑みを浮かべる。
「やっと一人目だぜ。バイロン、お前はどうだ」
「二人だな。これだけ時間をかけて、この数しか討ち取れないとは、他の門の連中も、相当な手練れと見ていいかもしれん」
「俺に聞くなよ。目の前の敵にでも聞いてみろってんだ」
互いに顔を見合わせ、戦場の真っ只中とは思えぬ軽口を交わす。
だが、その余裕こそが、まだ戦えるという確信の証だった。
周囲を見渡せば、同僚たちも大きな傷を負っている者は少ない。
だが、それは決して戦いが穏やかだからではない。
逆に言えば、大きな傷を負った者は、すでに隊列から離れ、見捨てられていたのだ。
交代の合図が前列から届く。
バイロンとデレクは息を整えながら、ゆっくりと後方へ下がった。
水筒を手に取り、熱で焼けつくような喉を潤す。
二人は言葉少なに次の戦いに備えた。
「このときばかりは、酒じゃなくて水だな」
「まったくだ」
そんな軽口を交わしていたそのとき、隣で水を飲んでいた兵士が、突如として倒れ込んだ。
バイロンとデレクは即座に身構える。
だが、周囲に敵の姿は見当たらない。
視線を巡らせると、周囲には二階建ての家々が並んでいる。
だが、どの窓も人影はなく、通りにも誰の気配もない。
「くそっ、二階から弓を射ってきやがったか」
バイロンが警戒しながら唸る。
「姿を隠したな」
デレクが低くつぶやいた。
二階の窓が開いた家が何軒もあり、どこに敵が潜んでいるのか見当がつかない。
そのとき、「こっちだ」
デレクが短く言い放ち、一軒の家へと素早く駆け込んだ。
階段を駆け上がり、通りに面した部屋の扉を、勢いよく蹴り飛ばす。
扉は鈍い音を立てて砕け散り、デレクはすぐさま、廊下にあった大きな花瓶を中へ向かって投げつけた。
花瓶が割れる音が室内に響き渡ると同時に、彼は躊躇なく部屋へと飛び込む。
そして、物陰に身を潜めていた敵の影に向かって、鋭く斬りかかった。
「やるな」
バイロンが後から駆けつけ、感嘆の声を漏らす。
「焼け石に水だ。いくら倒してもきりがない。いっそ家に火をつけた方が早いと思うんだが」
デレクが不満げに吐き捨てた。
「確かにそっちの方が楽だが、上はそのつもりがないんだろう。
まだこの王都に未練があるから、そういう命令も出ない」
バイロンが冷静に返す。
「その通りだな。だが、このままじゃ埒があかん」
デレクが顔をしかめる。
二人がそう言葉を交わしていたときだった。
ふと、デレクが二階の窓から王宮の方角に目をやる。
遠くの通りを、一人の伝令がこちらへ向かって全速力で駆けてくる姿が見えた。
「あれは伝令だな。新しい指示が来たか。一度部隊に戻ろう」
バイロンが言い、デレクも頷く。
やがて届いた命令は、あまりにも簡潔だった。
西門から撤退せよ。王都を放棄する。
それは、戦いの終わりを告げる言葉だった。
「敵の総大将を目の前にして退却かよ」
デレクが吐き捨てるように言った。
それに対して、バイロンが沈んだ声で応じる。
「だが、これだけの交戦状態からの退却となれば、相応の損害を覚悟しなきゃならん。
オリバー大公、まさか罠にでも嵌められたのか?」
「そうかもしれんな。たった一日で、ここまでの戦果を放棄するとは思えない」
デレクが静かに頷く。
しばし沈黙が流れ、二人は喧騒の戦場を背にしながら遠く王宮の方角を見つめた。
「まだ昼前だ。この戦は長引きそうだな」
バイロンがつぶやき、続けて情報を伝える。
「殿はアーロン将軍だそうだ」
その名を聞いた瞬間、デレクの表情にわずかな緊張が走った。
いよいよ、本当の意味での試練が始まるのかもしれない。




